NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

DNAに傷を負った植物はホルモン情報を制御して幹細胞死を引き起こす
〜植物がもつ長寿命性を支える制御メカニズムの解明に向けて〜

DNAに傷を負った植物はホルモン情報を制御して幹細胞死を引き起こす
〜植物がもつ長寿命性を支える制御メカニズムの解明に向けて〜

【概要】
 奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩崎一裕)先端科学技術研究科バイオサイエンス領域植物成長制御研究室の梅田正明教授らは、植物がDNA損傷に曝された際に、幹細胞だけが細胞死を引き起こすメカニズムを明らかにしました。この成果は、植物がDNA変異の発生を防ぎ長寿命性を発揮する背景を理解するのに役立つだけでなく、ヒトの医療技術の開発にも新たな視点をもたらすものと期待されます。
 この研究成果は、2025年7月4日(金)付けで「Plant Physiology」オンラインサイトに掲載されました。

【解説】
 動物では、二本鎖切断のような強いDNA損傷に応答して細胞死が誘導されることがよく知られています。これは、DNA損傷がもたらす変異が体細胞に蓄積するのを防ぐ上で重要であると考えられています。一方、モデル植物のシロイヌナズナでは、茎頂・根端ともに幹細胞だけが細胞死を引き起こし、その他の分裂細胞は分裂を停止するだけで、細胞死は起こしません。植物細胞は動くことができないので、細胞死が起きるとそこに空洞ができてしまいます。そのため、細胞死の発生を幹細胞に限定することで、組織構造の破壊を最小限に抑えつつ、ゲノムを安定に維持しているものと考えられます。しかし、植物がどのように幹細胞特異的な細胞死を起こすのかは、これまでよくわかっていませんでした。
 梅田教授らは、DNA損傷に応答して様々な反応を引き起こすSOG1転写因子が、植物ホルモンのオーキシンのシグナル伝達を抑制するIAA5, IAA29と呼ばれる因子の発現を誘導することを見出しました(図1)。興味深いことにIAA5, IAA29は、根端でDNA損傷に応答した幹細胞死が起こる前に、幹細胞を含む狭い領域で発現し始めることがわかりました。そこで、iaa5 iaa29二重変異体にDNA損傷を与えて、根端の幹細胞死の様子を観察したところ、野生型植物と比べて幹細胞死の面積が1/4程度に減少することが明らかになりました。このことから、IAA5, IAA29は幹細胞特異的な細胞死を誘導する上で重要な役割をもつことが示されました(図1)。梅田教授らは以前、DNA損傷に曝された根では、根端のオーキシン量が低下することを見出しています(Sci. Adv., 7, eabg0993, 2021)。そこで、オーキシン量の低下とIAA5, IAA29の発現誘導のどちらが幹細胞死に効いているかを、変異体を用いた実験により調べたところ、どちらも同程度の重要な役割をもっていることがわかりました(図1)。IAA5, IAA29の発現誘導は幹細胞周辺で限定的に起こるので、今回見出したメカニズムは幹細胞のみで細胞死を誘導するのに大きく貢献していると考えられます。

【今後の展開】
 本研究により、幹細胞死を誘導するオーキシンシグナルの制御メカニズムが明らかになりましたが、オーキシンシグナルの低下がどのように幹細胞死を誘導するかは今後の重要な課題として残っています。オーキシンシグナルの低下だけで幹細胞死が起きるわけではないので、あくまでも一要因であると考えるべきですが、植物ホルモンがどのように、またなぜDNA損傷応答に関わるのかは、非常に興味深い“問い”です。これに答えることができれば、植物の長寿命性を支える根源的な制御システムが見えてきて、生物科学全般に大きなインパクトを与えるものと期待されます。

【論文情報】
雑誌名:Plant Physiology
論文タイトル:The transcriptional repressors IAA5 and IAA29 participates in DNA damage-induced stem cell death in Arabidopsis roots
著者:Naoki Takahashi, Nobuo Ogita, Toshiya Koike, Kohei Nishimura, Soichi Inagaki, Ye Zhang, Takumi Higaki, Masaaki Umeda

【原著論文のURL】
https://academic.oup.com/plphys/advance-article/doi/10.1093/plphys/kiaf303/8185758?utm_source=advanceaccess&utm_campaign=plphys&utm_medium=email

【共同研究者】
熊本大学大学院先端科学研究部 檜垣 匠 教授

【植物成長制御研究室】

研究室紹介ページhttps://bsw3.naist.jp/courses/courses105.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/umeda/
 

(2025年07月10日掲載)

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