NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

酵母が限界を超える高温環境で自らの増殖を抑制していることを発見 関連する因子の遺伝子を突き止めた
~エタノール生産の冷却コスト削減など発酵技術への応用展開に期待~

酵母が限界を超える高温環境で自らの増殖を抑制していることを発見 関連する因子の遺伝子を突き止めた
~エタノール生産の冷却コスト削減など発酵技術への応用展開に期待~

【概要】
 奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑一裕)先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域 両角佑一 助教らの研究グループは、東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 太田邦史 教授らの研究グループと共同で、生命科学研究のモデル生物である分裂酵母(*1)には高温環境下での増殖を抑制するしくみが備わっていることを発見し、そのしくみに関わる複数の遺伝子を突き止めました。
 この成果は、分裂酵母が増殖できる温度の上限は、細胞内のタンパク質などの熱による損傷が原因となって決まっているのではなく、増殖を抑制するしくみの中の特定の因子(タンパク質)の遺伝子によって制御されていることを意味するものです。本研究で得られた成果を産業酵母へ応用することで、発酵熱の冷却コストが課題とされるバイオエタノール生産などの発酵産業における新しい発酵デザイン技術につながることが期待されます。
この研究成果は、米国の国際学術誌「iScience」の 27 巻に 2024 年 1 月 19 日に公開されます。

【解説】
 地球上で生物が生息する環境温度は、下限は氷点下から上限は100℃以上と驚くほど多様ですが、個々の生物種が生育できる温度の範囲は比較的狭く、その範囲からわずかに温度が上昇するだけで生存を脅かす「熱ストレス」になりえます。分裂酵母の至適生育温度は 30℃程度であり、38℃を超えると生育できずに死に至ります。今回、研究グループは、増殖抑制のしくみに関連する酵素「TORC1 タンパク質キナーゼ(*2)複合体」の阻害剤であるラパマイシンを培地に添加することで、分裂酵母が39℃の高温でも生育できるようになることを発見しました(図1)。ラパマイシンによる TORC1 の阻害で酵母が 39℃でも生育できるようになるという発見は、高温環境では TORC1 が増殖を抑えていることを意味しています。また、TORC1 はSck1 と呼ばれるタンパク質をリン酸化しその活性を制御することで、高温耐性を抑制していることも明らかにしました。

図 1 ラパマイシンによる分裂酵母の生育温度上限の上昇

 次に、分裂酵母が持つさまざまな遺伝子を1つずつなくした酵母を集めた「遺伝子破壊株ライブラリー(*3)」などを用いることで、高温増殖の抑制に重要な因子をさらに網羅的に探索しました。その結果、図 2 に示すような因子を同定することに成功し、このうち Dri1 は Rhs1 と、Mks1 はRad24 と結合して機能することがわかりました(図 2)。Mks1 は TORC1 によってリン酸化されており、TORC1 は Sck1 と Mks1 の 2 つのタンパク質を介して、高温環境下での細胞増殖を抑制していることも明らかになりました。

 本研究によって、分裂酵母にはこれまで考えられていたよりも高い温度で増殖できる能力が備わっているものの、TORC1 をはじめとする複数の因子によってあえて抑制されていることが明らかになりました(図 2)。一般に高温環境では、細胞を構成するタンパク質などの熱損傷によって増殖が停止すると考えられていますが、分裂酵母の増殖温度の上限は、細胞の熱損傷の程度ではなく、細胞内の制御メカニズムによって決定されていると考えられます。

図 2 分裂酵母の高温での増殖を抑制する因子群

【今後の展開】
 化石燃料の代替エネルギーとして期待されているバイオエタノールは、酵母によるアルコール発酵(*4)を利用して生産されますが、その生産コストの高さが普及の妨げの要因になっています。発酵の際に生じる発酵熱による温度上昇は酵母の生育や発酵能を損なうため、発酵槽を冷却する必要がありますが、この冷却コストの削減のために、より優れた高温耐性を示す酵母株の育種や新規株の探索が試みられています。バイオエタノール製造では、分裂酵母と同じ真菌類である出芽酵母が広く利用されており、本研究で得られた知見は、発酵産業において重要な酵母の高温耐性を操作する新たな技術基盤の確立に寄与することが期待されます。
 また、地球温暖化の進行に伴い、ヒトを含むさまざまな生物種が高温ストレスに晒される危険性が年々増しているため、高温環境に生物がどのように対応しているのかを理解することはとても重要です。興味深いことに、本研究で発見した高温耐性を抑制する因子の多くはヒトにも存在しています。
 今回、分裂酵母で見つかった高温耐性の抑制メカニズムをヒトでも明らかにできれば、熱ストレス緩和方法の開発などにつながることも期待できます。

【謝辞】
 本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(19H03224、19K06564、19K16070、20K06485、22K06145、23K04984)、科学技術振興機構(JPMJCR18S3)、日本医療研究開発機構(JP20wm0325003, JP22gm1610007)、住友財団、発酵研究所、大隅基礎科学創成財団、武田科学振興財団などの支援により実施されました。

【用語解説】
*1 分裂酵母:本研究で使用された分裂酵母(学名:Schizosaccharomyces pombe)は、19 世紀末にアフリカ産の雑穀ビールから発見されました。研究が容易な単細胞生物でありながら、生命現象の基本的な分子機構には多細胞生物であるヒトと共通する点が多くあるため、生命科学の研究分野では重要なモデル生物として利用されています。

*2 タンパク質キナーゼ: ATP などに含まれるリン酸基をタンパク質に転移し、リン酸化タンパク質を生じる反応を触媒する酵素の総称です。リン酸化はタンパク質の翻訳後修飾の一つであり、タンパク質の活性や細胞内局在などを調節するうえで重要な役割を果たしています。

*3 遺伝子破壊株ライブラリー:分裂酵母には約 5000 個の遺伝子が存在しますが、そのうち細胞の生存に必須でない約 3400 個の遺伝子(非必須遺伝子)を、それぞれ1つ1つ破壊した遺伝子破壊株のコレクションです。遺伝子破壊株ライブラリーを用いたスクリーニングは、特定の生命現象に関わる因子の網羅的な探索に非常に有用です。

*4 アルコール発酵:グルコースなどの糖を分解し、エタノールと二酸化炭素を生成する反応のことで、アルコール発酵によりエネルギーを得る代表的な生物が酵母です。

【論文情報】
<雑誌名> iScience
<題名> Rapamycin-sensitive mechanisms confine the growth of fission yeast below the temperatures detrimental to cell physiology
<著者> Yuichi Morozumi, Fontip Mahayot, Yukiko Nakase, Jia Xin Soong, Sayaka Yamawaki, Fajar Sofyantoro, Yuki Imabata, Arisa H. Oda, Miki Tamura, Shunsuke Kofuji, Yutaka Akikusa, Ayu Shibatani, Kunihiro Ohta, Kazuhiro Shiozaki
<DOI> 10.1016/j.isci.2023.108777
<URL>https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2589004223028547

【微生物インタラクション研究室】

研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses313.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/shiozaki/
 

(2024年01月16日掲載)

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