NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

未分化細胞が神経外胚葉に分化する際のゲノム構造制御の一端を発見
〜特異性の高い細胞を安定的に分化させる方法の開発に期待〜

未分化細胞が神経外胚葉に分化する際のゲノム構造制御の一端を発見
〜特異性の高い細胞を安定的に分化させる方法の開発に期待〜

【発表概要】
奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス領域、本学データ駆動型サイエンス創造センター、国立循環器病研究センター、日本赤十字社近畿ブロック血液センターの研究チームは、ポリコーム型と呼ばれる転写抑制複合体(PRC)の構成タンパク質の1つ「Phc1(Rae28)」が、細胞のクロマチン状態を制御(図1)し、未分化細胞から神経前駆細胞への分化に必須の役割を果たすことを明らかにしました。この研究成果は、2023年10月20日号の米国の学術雑誌「iScience」に掲載されます。

 胚性幹細胞(ES細胞)やiPS細胞の集団が分化を始める最初の段階では、細胞が外胚葉・中胚葉・内胚葉といった細胞群に大きく分類されていきます。この際に、特に神経外胚葉に分化する際には、特定のシグナル分子(神経誘導因子)が必要であることが、よく知られています。同時に細胞の分化は一方通行(つまりいったん分化した細胞は未分化状態には戻らない)であるため、細胞のゲノム構造も変化すると考えられていましたが、その詳細はよくわかっていませんでした。
 今回研究チームは、PRCに関与する遺伝子の遺伝子改変ES細胞の網羅的に作成し、Phc1(Rae28)と呼ばれるタンパク質が、神経外胚葉への分化に必須の役割を果たすことを見つけました。この因子を欠損したES細胞は神経誘導因子に反応することができず、未分化な状態のまま止まることが明らかになりました(図2)。このPhc1欠損細胞は中胚葉や内胚葉の誘導因子には反応して分化できるため、Phc1は神経外胚葉に分化するときに特異的に必要だと言えます。
 また、Phc1欠損細胞と正常細胞のゲノム構造を比較したところ、Phc1欠損細胞では未分化性遺伝子のクロマチンが緩んだままになっており、分化が進行できない状態になっていることがわかりました。したがって、Phc1はクロマチン状態を制御し、細胞に神経誘導因子への反応能力(コンピテンス)を付与することが明らかになりました。
 今後、特異性の高い細胞を安定的に分化させる方法の開発に寄与すると期待されます。

【用語の説明】
外胚葉・中胚葉・内胚葉:未分化細胞が分化の初期段階で獲得する細胞の個性の大まかな分類を示す。外胚葉細胞は主に神経や表皮に、中胚葉細胞は筋肉や血球に、内胚葉は消化管や甲状腺の細胞へと分化していく。
神経誘導因子:未分化細胞に作用し、細胞に神経の性質を付与する細胞外タンパク質の総称。
クロマチン:ゲノムDNAとそれを取り巻くタンパク質(ヒストン)の複合体。これが凝縮(閉塞)している状態では遺伝子発現が起きず、緩んでいる(弛緩)状態で遺伝子が発現する。
ポリコーム型転写抑制複合体(polycomb repressor complex: PRC):特に胚発生、細胞分化に必要な遺伝子の転写に関与するタンパク質の複合体。この複合体は、構成するメンバータンパク質を変化させながら、細胞分化時に、主にクロマチンの閉塞(転写抑制)に関与すると考えられている。
Phc1:Polyhomeotic Homolog 1は、上記のPRCの構成タンパク質の1つ。もともとは、F9という培養細胞にレチノイン酸を添加したときに発現上昇する遺伝子の1つとして「Rae28」という名前で単離された。

【発表者】
Agnes Lee Chen Ong(本学バイオサイエンス領域・後期博士課程修了者)
小鍛冶俊也(本学データ駆動型サイエンス創造センター・助教)*
岸亜吏紗(本学バイオサイエンス領域・修士課程学生)
瀧原義宏((研究開始時)広島大学・教授、(現在)日本赤十字社近畿ブロック血液センター・所長、広島大学名誉教授として研究継続)
篠塚琢磨(本学バイオサイエンス領域・助教)
島本廉(本学バイオサイエンス領域・助教)
磯谷綾子(本学バイオサイエンス領域・准教授)
白井学(国立循環器病研究センター・室長)*
笹井紀明(本学バイオサイエンス領域・准教授)*
(*は責任著者)

【論文情報】
<雑誌名> iScience
<題名> Acquisition of neural fate by combination of BMP blockade and chromatin modification
<著者> Agnes Lee Chen Ong, Toshiya Kokaji, Arisa Kishi, Yoshihiro Takihara, Takuma Shinozuka, Ren Shimamoto, Ayako Isotani, Manabu Shirai, Noriaki Sasai
<DOI> 10.1016/j.isci.2023.107887
<URL> https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2589004223019648
(学位論文の全文が、https://library.naist.jp/opac/book/108167でもご覧になれます)

【発生医科学研究室】

研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses212.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/sasai/

(2023年10月17日掲載)

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