NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

国の名勝「大和三山」シリーズのクラフトビールが完成!!
バラの香りを多く産生する新しいビール酵母の育種に成功
~奈良県産クラフトビールの醸造に応用し、コクのある味わいと飲みやすさを実現~

国の名勝「大和三山」シリーズのクラフトビールが完成!!
バラの香りを多く産生する新しいビール酵母の育種に成功
~奈良県産クラフトビールの醸造に応用し、コクのある味わいと飲みやすさを実現~

【概要】 奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑 一裕)先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域 ストレス 微生物科学研究室の髙木 博史教授と西村 明助教は、奈良市のゴールデンラビットビール社(代表:市橋 健)との共同研究により、バラの主要な香り成分(フェネチルアルコール)を多量に産生する新しいビール酵母 の育種に成功しました。この新しいビール酵母を用いてクラフトビールを醸造することで、飲み口がよく、コク のある香り豊かなエールビールの商品化を実現しました(11 月 22 日より販売開始)。また、今回の商品化に よって国の名勝「大和三山」にちなんだ 3 種類のクラフトビールが完成しました。

【研究背景】
奈良先端科学技術大学院大学は長らく、社会への貢献に向けて地域の企業や団体との密接な連携・協力を推進しています。そのなかで、私たちの研究室(ストレス微生物科学研究室)はビールや日本酒、パンなどの製造に関わる酵母※1 の育種技術を活用し、地域産業の活性化につながる発酵・醸造食品の開発を目指しています。これまでに、ゴールデンラビットビール社との共同研究(コラボレーション)により、奈良県産クラフトビールの商品開発に取り組み、アミノ酸の 1 つであるプロリンを多く含むビール酵母を用いて醸造したクラフトビール(2021 年 7 月、大和三山の「香具山」にちなんで「かぐやま」と命名)、奈良県産の天然酵母を用いたクラフトビール(2022 年 7 月、大和三山の「「畝傍山」にちなんで「うねびやま」と命名)を商品化してきました。今回、コラボレーションの第 3 弾として、バラの主要な香り成分(フェネチルアルコール※2)を多量に産生するエールビール酵母を用いたクラフトビールの共同開発を実施しました。

【開発内容】
日本国内には500ヶ所を超えるビールの醸造所があり、多種多様なクラフトビールが販売されています。その中で、味や風味の点で差別化できるビールの開発が注目されています。ビールの主要な芳香成分(アルコールやエステル類など)は醸造過程において、酵母のアミノ酸代謝によって生成されるものが多いため、ビールの品質向上や酒質の差別化には、アミノ酸の組成や生成量に特徴を有する酵母の開発が極めて重要です。
バラの主要な香り成分であるフェネチルアルコールはアミノ酸の 1 つであるフェニルアラニンの代謝産物です(図 1)。このため、フェニルアラニンを高生産する酵母はフェネチルアルコールも多く産生する可能性があります。私たちはエールビール酵母に突然変異処理を施し、フェニルアラニンのアナログ(類似化合物)※3 であるフルオロフェニルアラニンとチエニルアラニンの両方で選抜することで(図 2)、親株に比べてフェニルアラニン含量が約 2 倍に増加した株(NTP177 株)を取得しました。この株が産生する香気成分を分析した結果、親株に比べてフェネチルアルコール含量が約 14 倍に増加していることを見出しました。NTP177 株が産生するフェネチルアルコール含量は 78.2 μg/mL であり、これはビールの嗅覚閾値(人間がにおいを感じる最少濃度)である 7.7 μg/mL を大幅に上回っていました。私たちが文献などで調べた限りビールに含まれるフェネチルアルコール量としては最も高い値です。実際にゴールデンラビットビール社において試験醸造を行ったところ、NTP177 株を用いて醸造したビールはコクのある香り豊か(フローラル)なレッドエールビールであることがわかりました。この酵母で醸造したクラフトビールは、大和三山の「耳成山」にちなんで「みみなしやま」という商品名で 11 月 22 日(火)より販売を開始する予定です(図 3)。今回、国の名勝「大和三山」にちなんだ 3種類のクラフトビールがめでたく完成したことから、「みみなしやま」単品の販売にとどまらず、これまでの「かぐやま」と「うねびやま」を含む「大和三山セット」も販売する予定です(数量限定)。

【今後の展開】
現在、本研究で開発した酵母(NTP177 株)について、フェネチルアルコールを多く産生するメカニズムを詳細に解析しています。今後は、得られた知見を他の酒類(日本酒や焼酎など)やパン類の製造に用いる酵母の開発に活用し、本プロジェクトの研究成果を広く普及させたいと考えています。また、奈良県産の発酵・醸造食品を通じて奈良の魅力を伝えることで、地域の活性化に貢献するべく、様々な活動を推進していきます。

【謝辞】
本研究は、(公財)奈良先端科学技術大学院大学支援財団「奈良先端大発 新事業創出支援事業」に研究開発経費をご支援いただきました。この場を借りて、厚くお礼申し上げます。

【用語解説】
※1:酵母
今回、使用した酵母はサッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)に属しており、長年ビールや日本酒などの酒類、パン類の製造に使用されている。
※2:フェネチルアルコール
フェネチルアルコールは芳香族アルコールの一種で、アミノ酸の 1 つであるフェニルアラニンの代物産物である。2-フェニルエタノールや 2-フェニルエチルアルコール、β-フェニルエチルアルコールとも呼ばれる。フェネチルアルコールはバラの主要な香り成分であり、香料、保存料などに利用されるとともに、リラックス効果が示されている。また、日本酒、ビール、ワインなどにも含まれ、酒類の香気成分として重要である。
※3:アナログ
アナログとはアミノ酸と構造や性質が類似している化合物のことを言う。細胞内で対応するアミノ酸と競合してタンパク質に取り込まれたとき、構造や機能が損なわれたタンパク質を生成することで、生育阻害・細胞死を引き起こすものもある。その場合、アナログを含む培地で生育できる株(アナログ耐性株)を分離すると、対応するアミノ酸を細胞内外に高生産していることが多い。本研究ではフェニルアラニンのアナログとして、フルオロフェニルアラニンとチエニルアラニンを使用した。

【解説図】

図 1:酵母のフェネチルアルコール産生経路
アミノ酸の 1 つであるフェニルアラニンを出発物質とし、三段階の酵素反応によって合成される。

 

図 2:フェネチルアルコール高生産株の選抜方法
エールビール酵母(Saccharomyces cerevisiae)を親株に使い、エチルメタンスルフォン酸(EMS)による突然変異処理を施した後、フェニルアラニンのアナログであるフルオロフェニルアラニン、チエニルアラニンの両方で選抜することでフェネチルアルコール高生産株を取得した。

 

図 3:NTP177 株で醸造したクラフトビール「みみなしやま」の販売用ラベル

 

【ストレス微生科学研究室】
研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses305.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/takagi/

 

 

 

 

(2022年11月24日掲載)

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