NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

麹菌による「高活性型」PET(難分解性プラスチック)分解酵素の生産に成功
-糖鎖が付加しにくい麹菌の育種により実現-

麹菌による「高活性型」PET(難分解性プラスチック)分解酵素の生産に成功
-糖鎖が付加しにくい麹菌の育種により実現-

【概要】
吉田昭介 特任准教授(奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス領域環境微生物学研究室)と、月桂冠株式会社(社長・大倉治彦、本社・京都市伏見区)総合研究所は共同研究により、日本酒などの製造に用いられる麹菌を改良することにより、PET1) 分解酵素 2)の遺伝子を発現させ、その「高活性型」酵素の生産に成功しました。今回の研究成果は、「コドン最適化による、麹菌 Aspergillus oryzae による Ideonella sakaiensis 由来 PET 分解酵素の異種発現」と題して、2022 年度日本生物工学会大会(会期 2022 年 10 月 17 日~20 日)で発表。

◆糖鎖除去により「高活性型」PET 分解酵素を麹菌で生産
ペットボトルなどに用いられる PET 樹脂は難分解性プラスチックの一つであり、マイクロプラスチック問題などの環境汚染を引き起こす要因となっています。また、一部で実用化されている PET リサイクル技術は環境負荷が高いことが課題となっており、その解決策として、より環境負荷の少ないプラスチックの循環技術(PET の原料物質まで酵素分解し、再度 PET 樹脂の原料として利用する)が注目されています。そこで、PET 分解酵素の知見・技術をもつ奈良先端大と、麹菌の酵素生産技術をもつ月桂冠が共同研究を行い、2022 年 3 月、遺伝子を工夫することにより麹菌での PET 分解酵素(PETase と MHETase)2)の生産に成功したことを報告しました 3)。PET 循環技術には多量の「高活性型」PET 分解酵素が必要ですが、麹菌で生産された PETase は「低活性型」であり、PETase への多量の糖鎖付加 4)が要因であると考えられました。
糖鎖付加が低減した PETase を麹菌で生産するために、糖鎖を除去する酵素を生産させるよう工夫をした麹菌を育種し(月桂冠担当)4)、生産された PETase の評価を行いました(奈良先端大担当)。その結果、大幅に糖鎖付加が減少し、酵素活性が大幅に高くなった「高活性型」PETase の麹菌による生産を確認しました。
前回発表した遺伝子の工夫による麹菌での PET 分解酵素の生産 3)と、今回成功した麹菌での糖鎖除去の工夫による「高活性型」PET 分解酵素の生産 4)との一連の技術を合わせて、今回学会で発表します。今後は「高活性型」PET 分解酵素を用いた PET フィルム 5)などの分解について検証するなど、さらに実用化に近づくための研究を進める予定です。
1:PET とは Poly(ethylene terephthalate)をさし、PET は原料物質であるエチレングリコールとテレフタル酸から合成され、これらが無数に重合したもの。飲料のボトル(いわゆる PET ボトル)のほか、衣服の原料としても用いられている。
2:奈良先端大・吉田らの研究グループが、新種として発見された細菌 Ideonella sakaiensis 201-F6 株は、2 種の分解酵素(PETase とMHETase)により PET を分解する。PETase は PET をモノヒドロキシエチルテレフタレート(以下・MHET、エチレングリコールとテレフタル酸が1 分子ずつ結合した物質)に分解、MHETase はさらに MHET をエチレングリコールとテレフタル酸までに分解する。
奈良県文化教育記者クラブ、学研都市記者クラブ、大阪科学・大学記者クラブ、京都経済記者クラブ、大阪商工記者会 同時配布
3:PET 分解酵素を合成する遺伝子を工夫することで、正常な mRNA(メッセンジャーRNA、タンパク質合成の場へ遺伝情報を伝令する役割を持つ)を形成させ、その結果、麹菌により PET 分解酵素を生産することに成功(奈良先端大・月桂冠 2022 年 3 月 8 日付ニュースリリース)
4:酵素などのタンパク質に糖類などを酵素反応で付加させることにより起きる。麹菌は PETase を含む異種タンパク質に、多量の糖鎖を付加させる傾向があると言われている。今回は糖鎖を切断する遺伝子(Hypocrea jecorina 由来 endoT 遺伝子)を導入した遺伝子組換え麹菌を作出した。
5:PET 分解は、分解しやすい水溶性 PET からスタートし、次に比較的分解しやすい PET フィルム、そして分解がしにくい PET 樹脂(実際のPET ボトルに近いもの)で検証を行うことが一般的とされる。

◆学会での発表
学会名 : 2022 年度日本生物工学会大会(主催:公益社団法人日本生物工学会)
日時 : 2022 年 10 月 17 日~20 日
会場 : オンラインで開催
演題 : コドン最適化による、麹菌 Aspergillus oryzae による Ideonella sakaiensis 由来 PET 分解酵素の異種発現
発表者 : ○伊出健太郎 1,戸所健彦 1,佐貫理佳子 3, 南はつね 2,河野恵美 2,小高敦史 1,吉田
昭介 2,石田博樹 1(1 月桂冠・総研, 2 奈良先端大, 3 京工繊)(○印は演者)

◆月桂冠総合研究所
1909(明治 42)年、11 代目の当主・大倉恒吉が、酒造りに科学技術を導入する必要性から業界に先駆けて設立した「大倉酒造研究所」が前身。1990(平成 2)年、名称を「月桂冠総合研究所」とし、現在では、酒造り全般の基礎研究、バイオテクノロジーによる新規技術の開発、製品開発まで、幅広い研究に取り組んでいます(所長=石田博樹、所在地=〒612-8385 京都市伏見区下鳥羽小柳町 101 番地)。

【環境微生物学研究室】
研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses312.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/ssk-yoshida/

(2022年10月14日掲載)

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