NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

新しいビール酵母の育種に成功 アミノ酸「プロリン」を多く含むことで醸造環境での酵母の発酵力アップ ~奈良県産クラフトビールの醸造に応用し、独自の味わいと飲みやすさを実現~

新しいビール酵母の育種に成功
アミノ酸「プロリン」を多く含むことで醸造環境での酵母の発酵力アップ
~奈良県産クラフトビールの醸造に応用し、独自の味わいと飲みやすさを実現~

【概要】
 奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑一裕)先端科学技術研究科バイオサイエンス領域ストレス微生物科学研究室の高木博史教授、西村明助教は、奈良市のゴールデンラビットビール社(代表:市橋健)との共同研究により、甘味のあるアミノ酸で、醸造環境における酵母の発酵力向上が期待できる「プロリン」を多く含むビール酵母の育種に成功しました。また、この新しいビール酵母を用いてクラフトビールを醸造することで、独自の穏やかな味で口あたりが軽いエールビールの商品化が実現しました。
 酵母は、酒づくりや製パンなどさまざまな発酵食品の製造に利用されており、今回の成果は食品のアミノ酸含量を増やす技術につながり、製品の高付加価値化や発酵技術の高度化への貢献が期待されます。
 プロリンは甘味を呈するアミノ酸であり、細胞内で水分含量に関わる浸透圧の調節、有害な活性酸素の消去、タンパク質の安定化などの機能があり、細胞を多様な環境の変化から保護することが報告されています。今回、私たちは既存のビール酵母から、細胞内のプロリン含量が親株に比べて増加した菌株(NP383株)を分離し、プロリン含量増加のメカニズムや発酵環境下での特性を解析しました。
 その結果、NP383株に存在するγ-グルタミルキナーゼ(GK)というプロリン合成の最初の段階で関わる酵素の遺伝子に変異を発見しました。また、この変異型GKを発現する酵母では、プロリン含量が野生型GKに比べて増加しました。通常、複数の酵素が関わってグルタミン酸から合成されるプロリンは、必要な量だけ合成されるとGKの活性を阻害することで過剰合成を防いでいます。しかし、変異型GKではその仕組みが一部解除されたため、NP383株のプロリン合成量が増加した可能性があります。
 また、ビールの原料である麦汁を使って発酵試験を行った結果、NP383株は親株に比べて発酵の立ち上がりが速いことが判明しました。酵母にとって麦汁は浸透圧の高い環境ですが、NP383株では高浸透圧から細胞を保護するプロリンの含量が増加したため、親株に比べて発酵が速く進行すると思われます。
 私たちはこれまでに、プロリンを高生産するパン酵母や清酒酵母を用いて、製パン性の向上や酒質の多様化などに成功しています。今回、プロリン含量の増加したビール酵母を育種したことで、従来にない新しい味や風味を有するビールを国内外の市場に提供できると期待しています。

【解説】
 [研究背景]
 アミノ酸は細胞内や血漿などに遊離した形で存在し、生体内で重要な役割を果たしていることから、その生理機能が注目されており、様々な食品、飲料、化粧品に添加されています。例えば、プロリンは甘味(多過ぎると苦味)を呈するアミノ酸であり、細胞内の水分量に関わる浸透圧の調節、有害な活性酸素種の消去、細胞膜・タンパク質の保護、保湿作用など様々な生理機能が報告されています(図1)。
一方、酵母*1は酒類、パン類、醤油、味噌などの発酵・醸造食品、バイオエタノールなど有用な化合物の製造に使用され、8兆円超と想定される巨大産業を支える重要な微生物です。私たちはこれまでに、酵母細胞内のプロリン含量を増加させると、エタノール、酸化、乾燥、冷凍、浸透圧などに対する耐性が向上することを明らかにしています(図1)。
このため、プロリン含量が増加した酵母では、ビールの味や風味に変化を与えるとともに、エタノールの生産速度や最終濃度が増加することが期待されます。
 また、ビールの主要な芳香成分(高級アルコール、エステル類)は醸造過程において、酵母のアミノ酸代謝によって生成されるものが多いため、ビールの品質向上や酒質の差別化には、アミノ酸の組成や生成量に特徴を有する酵母の開発が重要です。さらに、ビール製造工程の改良(原料になる高濃度麦汁の醸造、発酵時間の短縮、酵母生存率の向上など)には、ビール醸造における過酷な環境(高浸透圧・低温・高濃度エタノールなど)に強い耐性を有する酵母の育種が要求されています。
このようなことから、本研究では市販のビール酵母からプロリン含量が増加した株を取得し、プロリン含量の増加メカニズムを解析するとともに、ビールの原料である麦汁中での発酵特性を調べました(図2)。

[研究結果]
 市販のビール酵母(エール酵母; Saccharomyces cerevisiae)を親株に使い、エチルメタンスルフォン酸(EMS)による突然変異処理を施した後、プロリンのアナログ(類似化合物)※2であるアゼチジン-2-カルボン酸を含む寒天培地上で培養した結果、数日後に約400個のコロニー(変異株)が得られました。これらの株の細胞内アミノ酸含量を測定したところ、親株に比べてプロリンが約2.0倍に増加した株(NP383株)を取得しました(図3)
 酵母細胞内でプロリンを合成する手順は、まずγ-グルタミルキナーゼ(GK)の働きによってグルタミン酸からγ-グルタミルリン酸が生成され、次にγ-グルタミルリン酸からγ-グルタミルリン酸レダクターゼによってグルタミン酸-γ-セミアルデヒド(GSA)が産生されます。GSAは自然にΔ1-ピロリン-5-カルボン酸(P5C)に変換された後、P5Cレダクターゼという酵素の活性によりプロリンが合成されます。多くの細菌や植物では、最初に働くGKがプロリン合成を制御する鍵酵素であり、その活性は自ら生成に関わったプロリンによって抑制されるというフィードバック阻害※3を受けます。私たちはこれまでに、酵母においてもGKがプロリンによるフィードバック阻害を受け、プロリン合成の鍵酵素であること、またGKに適切なアミノ酸置換(Asp154Asn, Ile150Thrなど)が導入されると、プロリンによるフィードバック阻害に対する感受性が低下し、プロリンが過剰合成されることを明らかにしています。
 そこで、NP383株におけるプロリン含量の増加メカニズムを解明する目的で、GK遺伝子のDNA(核酸塩基が鎖状に配列する分子)配列を解析しました(図4)。その結果、NP383株のGK遺伝子に変異が見つかり、GKの179番目に位置するアミノ酸のシステインがチロシンに置換していました。次に、変異型と野生型のGKを発現する実験室酵母を作製し、液体培地で培養したところ、変異型GK発現株では細胞内プロリン含量が野生型GK発現株の約1.2倍に増加しました。これらの結果から、NP383株のGKで見つかったアミノ酸置換(Cys179Tyr)が、プロリンによるフィードバック阻害を一部解除することで、プロリン合成量の増加に寄与している可能性が考えられます。
 また、ビールの原料である麦汁を用いて簡易的な発酵試験を行ったところ、NP383株は親株に比べて発酵の立ち上がり(炭酸ガス発生速度)が速いことを見出しました(図5)。酵母にとって麦汁は浸透圧の高い環境ですが、NP383株では高浸透圧から細胞を保護するプロリンの含量が増加したため、親株に比べて発酵が速く進行するとみられます。
 さらに、ゴールデンラビットビール社においてNP383株を用いてビールの試験醸造を行ったところ、親株に比べて穏やかな味で、口当たりも軽い酒質であることがわかりました。これらの研究成果をもとに、従来よりも飲みやすいエールタイプのクラフトビールが商品化される予定です(図6)。

[本研究の意義]
 今回の研究により、酵母のGKにアミノ酸置換(Cys179Tyr)が導入されることで、プロリンによるGKのフィードバック阻害が解除され、変異型GKを発現する酵母ではプロリン含量が増加することが期待できます。また、このような変異型GKを発現する酵母をプロリンのアナログであるアゼチジン-2-カルボン酸に耐性を示す菌株を選んで取得したことから、ビール酵母においても「アゼチジン-2-カルボン酸耐性」がプロリン高生産株の選抜・育種の指標になることが分かりました。
 また、本研究で明らかにするプロリンの高生産メカニズムに基づき、さらにプロリン含量が増加した酵母を取得することで、様々な発酵・醸造食品の高付加価値化(味・風味の差別化、健康機能の向上など)や醸造技術の高度化(発酵力の向上、醸造期間の短縮など)が可能となり、これまでにない機能性を有する発酵・醸造食品を市場に数多く投入できると考えられます。このようなプロリン含量の高い食品の開発によって、サプリメントを購入することなく、プロリンの高摂取が可能となり、国民の豊かな食生活の実現に貢献することができます。

[今後の展開]
 GKの推定立体構造を用いた解析から、今回同定したアミノ酸置換(Cys179Tyr)は活性中心から離れた位置に存在していました。このアミノ酸置換はこれまでに報告がないことから、GKの特性(プロリンによるフィードバック阻害感受性、触媒活性、安定性など)に及ぼす影響を明らかにする予定です。
 また、プロリン以外のアミノ酸についても、例えばバラの香気成分であるβ-フェネチルアルコールの生成に関与するフェニルアラニンを高生産するビール酵母を取得し、菌株の特性解析やビールの試験醸造を行う予定です。最終的には、試験醸造で得られたビールの各種分析および酒質評価(糖濃度、エタノール濃度、アミノ酸含量、有機酸含量、香気成分含量、官能評価など)を行い、従来のビールとの差別化や高付加価値化が可能なビールの商品化を行う予定です。
 さらに、アミノ酸は全生物の細胞内に共通して存在する分子であり、酵母や大腸菌などの微生物のみならず、植物、昆虫、動物などの高等生物の細胞内においても機能を有していると考えられます。現在、このような機能性アミノ酸※4を高生産させる育種手法を「アミノ酸機能工学」と名づけ、微生物、植物など様々な生物の高機能開発や有用物質生産に貢献できる技術としての確立を目指しています(図7)。

[謝辞]
 本研究は、ストレス微生物科学研究室の杉本幸子氏(研究技術員)に実験をご協力いただきました。また、(公財)奈良先端科学技術大学院大学支援財団「奈良先端大発 新事業創出支援事業」に研究開発経費をご支援いただきました。この場を借りて厚くお礼申し上げます。さらに、今回の共同研究は、令和元年9月に(公財)奈良県地域産業振興センターのご協力を得て開催された「第7回奈良まほろば産学官連携懇話会」*でのマッチングがきっかけで始まりました。マッチングの機会をいただきました同センターに深く感謝いたします。
*奈良まほろば産学官連携懇話会
 奈良地域の企業と近畿大学農学部は、公益財団法人奈良県地域産業振興センターと連携して、大学と企業等がそれぞれの資源を有効活用し、実用化することで、地域産業の活性化を目指す「奈良まほろば産学官連携懇話会」を平成25年度に設立しました。その後、県内の大学に広がり、平成26年度から帝塚山大学、平成27年度から奈良先端科学技術大学院大学、奈良女子大学、令和元年度から畿央大学が参画されています。これまでに「食と農」をキーワードとして、大学の研究シーズのほか県内企業から事業を紹介していただき、研究シーズと企業ニーズのマッチングを通して、産学官連携の可能性を探るとともに、新たなコンソーシアムの構築や共同研究への展開につなげる懇話会を8回開催しています。また、懇話会に参加され、関心があるテーマについては、後日、個別の意見交換会を実施しており、これまでに共同研究に発展した事例もあります。昨年度は新型コロナウィルス感染症の影響により、Webにて(Zoomシステム)開催しており、今年度は9月9日(木)に開催を予定しています。

[用語解説]
※1:酵母
酵母のうち基礎研究のモデル株を実験室酵母という。実験室酵母では遺伝解析やゲノム解析による知見が蓄積され、遺伝子操作技術も確立しているが、発酵力は弱く発酵・醸造食品などの生産には不適である。一方、ビール、清酒、ワイン、パン、バイオエタノールなどの生産に用いられる菌株を産業酵母といい、発酵性や生育速度の優れた株が選択されているが、遺伝特性などが異なり、実験室酵母の知見や技術が活用されていない。本研究では、ビール酵母と実験室酵母の両方を使用した。 

※2:アナログ
アナログとはアミノ酸と構造や性質が類似している化合物のことを言う。細胞内で対応するアミノ酸と競合してタンパク質に取り込まれたとき、構造や機能が損なわれたタンパク質を生成することで、生育阻害・細胞死を引き起こすものもある。その場合、アナログを含む培地で生育できる株(耐性株)を分離すると、対応するアミノ酸を細胞内外に高生産していることが多い。本研究ではプロリンのアナログとして、アゼチジン-2-カルボン酸を使用した。

※3:フィードバック阻害
代謝経路の最終産物(本研究ではプロリン)が初発反応の酵素(本研究ではγ-グルタミルキナーゼ)に結合し、その酵素の活性を阻害すること。野生型の細胞では、この仕組みによって最終産物が過剰に合成されないように厳密に調節されている。初発反応の酵素を遺伝的に改変し、フィードバック阻害を解除することで、最終産物の過剰合成(高生産)が可能になる。

※4:機能性アミノ酸
私たちはアミノ酸を機能別に3種類(①細胞へのストレス耐性付与やタンパク質の保護に寄与するプロリン・グルタミン酸・リジン・アルギニンなど、②味・香気成分の生成に関与するフェニルアラニン・分岐鎖アミノ酸・含硫アミノ酸など、③健康機能の維持・向上に役立つオルニチン・必須アミノ酸など)に分類して、「機能性アミノ酸」と名付けている。

[解説図]


図1 プロリンの生理機能


図2 研究の概略


図3 ビール酵母の細胞内プロリン含量


図4 NP383株におけるGK遺伝子の解析


図5 ビール酵母の麦汁を用いた発酵試験


図6 ビール醸造の流れ


図7 機能性アミノ酸とアミノ酸機能工学

【ストレス微生物科学研究室】
研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses305.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/takagi/

(2021年07月20日掲載)

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