NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

ゼニゴケは遺伝子のオモテとウラを使ってメスとオスを作り分けている
~ 性差を生み出す巧妙な「裏ワザ」が明らかに~

 バイオサイエンス領域・植物発生シグナル研究室の中島敬二教授と、京都大学大学院生命科学研究科の河内孝之教授らの研究グループは、広島大学、近畿大学、Monash大学(オーストラリア)との共同研究により、陸上植物に保存されたMYB転写因子が植物のメスの性分化を制御すること、またゼニゴケにおいては、このMYB遺伝子をコードするゲノム領域の表と裏を使い分けることで、メスとオスの性分化を切り換えていることを発見しました。この成果を掲載した論文は、1月4日(金)付けでThe EMBO Journalのオンライン版に掲載され、朝日新聞に記事として紹介されました。

中島敬二教授による研究成果とエピソードの解説


左:論文投稿に向けた共同研究チームのうち合わせで
後列左から、大和、西浜、山岡、嶋村
前列左から、河内、岡橋、久永、中島 の各氏
右側の写真はBowman (上)と梶原(下)の各氏

 この研究成果は、おもに奈良先端大の私の研究室と、京都大学生命科学研究科の河内孝之先生の研究室の共同研究によって得られたものです。また広島大の嶋村正樹先生は電子顕微鏡観察で、近畿大学の大和勝幸先生はトランスクリプトーム解析で、オーストラリアのJohn Bowman先生は、研究背景とデータの解釈で共同研究に参画して下さいました。この場を借りてお礼を申し上げます。

 この研究は、私の研究室が河内研と共同で以前に論文発表したゼニゴケの卵細胞分化制御因子MpRKDの研究から派生しています。ゼニゴケの卵細胞マーカーを確立するため、近畿大学の大和先生から未発表のゼニゴケトランスクリプトームデータを入手し、メスの生殖器官であるゼニゴケの造卵器とシロイヌナズナの胚嚢で共通して発現する遺伝子を探していました。たまたまその頃に「ある種のMYB転写因子がシロイヌナズナの胚嚢形成にはたらく」という論文が出されており、それを読んでいたために、よく似たMYB転写因子がゼニゴケの造卵器でも優先的に発現していることに気がつきました。

 その後に私の研究室に加わった久永哲也研究員が、ゲノム編集技術を使ってMpFGMYBと名付けたこのゼニゴケMYB遺伝子のノックアウト体を作り始めました。ゼニゴケは性染色体によってメスとオスの個体が分かれた雌雄異株(しゆういしゅ)植物(図1)です。MpFGMYB遺伝子は常染色体上にあり、メスとオスの両方のゲノムに存在していますが、MpFGMYBのmRNAはメスだけで発現しています。メス個体でMpFGMYB遺伝子をノックアウトして造卵器や卵細胞が出来なくなれば、このMYB転写因子が植物の進化を通じてメスの生殖機能に必要であることを証明できると考えたのです。しばらくして久永さんに実験の進捗を尋ねたところ、メスでノックアウトしたはずなのにオスの変異体がとれていて何か変なので確認中、とのことで、大丈夫かなと思った記憶があります。

 その後、久永さんは複数の独立なノックアウトラインを作成し、MpFGMYB遺伝子の欠損がメスからオスへの性転換をもたらす、という驚くべき表現型を明らかにしました。ラボミーティングでメスが精子を作っているデータを見せられた時には、研究室一同唖然としたものです(図2)。我々はもともと専門家でなかったので不勉強でしたが、生物の性決定は実はかなりフレキシブルかつ多様で、これは環境が変われば性別を変えてでも子孫を残そうとする進化的な適応性を反映しているものと考えられています。久永さんの努力により、陸上植物の進化を通じてメスの生殖機能を司るMYB転写因子と、ゼニゴケがもつ性決定の柔軟性が明らかになりましたが、この研究には、さらに驚くべき第2章が待っていました。

 ちょうどその頃、京大河内研の卒研生だった岡橋啓太郎さんが、山岡先生とともに、ゼニゴケの生殖細胞系列の発生過程に関連した遺伝子発現を調べる過程で、MpFGMYB遺伝子にたどり着きました。ゼニゴケのオスではMpFGMYB遺伝子座からメスとは異なるRNAが作られており、これがMpFGMYBタンパク質をコードしない側のDNA鎖から作られる長鎖非コードRNA (lncRNA)であることに気がついたのです(図3)。センス・アンチセンスの両方向に転写される遺伝子は稀に存在しており、アンチセンス側の発現がセンス側の発現を抑える例が知られていましたので、MpFGMYBでも、オスで発現したアンチセンス側遺伝子(SUF遺伝子と命名)が、センス側のMpFGMYBの発現を抑えているのではないかと考えました。河内研とは常に情報交換していましたので、連名でインパクトの高い論文を発表することを目標に共同研究を開始することになりました。

 岡橋さんはゲノム編集技術を駆使して、SUF側のmRNAだけが作られなくなる変異体を作り、このような変異体はオスであってもMpFGMYBを発現し、形態的にはメスへと転換することを見事に証明しました(図2右)。また久永研究員と協力して、SUFがMpFGMYBを抑制できるのは、両者が同じ遺伝子の相補鎖にある場合に限られる、というシス型抑制機構の存在を明らかにしました。

 共同研究は、一方の研究グループがもつ成果の価値を、他方のグループの技術やリソースで高める、あるいは確実にすることを目的として始められることが多いのですが、今回の共同研究は、1プラス1が3にも4にもなった真に創造的な共同研究となりました。本研究により、FGMYBが陸上植物を通じてメスの生殖能を制御する鍵因子であること、さらにゼニゴケには、この遺伝子のオモテとウラを使い分けることで雌雄の性分化を切り換える驚くべき機構(図4)が存在することが明らかとなりました。

 本学のホームページに掲載したプレスリリースに、さらに詳しい解説を掲載しています。

【論文情報】

A cis-acting bidirectional transcription switch controls sexual dimorphism in the liverwort
Tetsuya Hisanaga1†, Keitaro Okahashi2†, Shohei Yamaoka2, Tomoaki Kajiwara2, Ryuichi Nishihama2, Masaki Shimamura3, Katsuyuki T. Yamato4, John L. Bowman5, Takayuki Kohchi2¶, Keiji Nakajima1¶
1奈良先端科学技術大学院大学、2京都大学、3広島大学、4近畿大学、5Monash大学
†共同第1著者、¶共同責任著者
The EMBO Journal (DOI: 10.15252/embj.2018100240) 1月4日付 オンライン版に掲載

本研究成果は、新学術領域研究「植物発生ロジックの多元的開拓」(領域代表者:塚谷裕一)、科研費基盤S「陸上植物の性分化:遺伝的頑健性と可塑性のメカニズム」(研究代表者:河内孝之、分担者:中島敬二、大和勝幸)を含む、以下の複数の研究グラントの支援により得られたものです。
MEXT-KAKENHI (25113007, 17H05841, 25113009); JSPS-KAKENHI (17J08430, 18K06285, 17H07424); Australian Research Council (DP170100049)

【植物発生シグナル研究室】
研究室紹介HP:http://bsw3.naist.jp/courses/courses110.html
研究室HP:http://bsw3.naist.jp/nakajima/

(2019年01月18日掲載)

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