研究成果の紹介
バイオサイエンス研究科分子神経分化制御研究室の中島欽一教授が公益財団法人テルモ科学技術振興財団の2012年度財団賞を受賞
バイオサイエンス研究科分子神経分化制御研究室の中島欽一教授が公益財団法人テルモ科学技術振興財団の2012年度財団賞を受賞しました。本賞は、テルモ科学技術振興財団の一般研究助成を受けたものを対象とし、優れた研究業績に対して表彰されるものです。本年度はエントリー分野「再生医療」から選出されました。
受賞コメント
この度は、本賞、しかもその第一回目を受賞することが出来大変光栄に思います。この賞は、助成採択時の研究とその後どのようにそれを発展させているかが評価されたもので、これまでこの一連の研究に関わってくれた全ての研究室のメンバーに深く感謝したいと思います。今後もこれに満足することなく、良い研究が出来るよう、努力したいと思います。
受賞時の発表内容
神経幹細胞とは、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトという脳・神経系を構成する主な細胞へと分化する能力を持つ。その培養は比較的容易であることから、ドナー不足が解消される可能性が高く、またiPS細胞由来神経幹細胞を用いれば、倫理的な問題や拒絶反応も克服できることなどから、神経幹細胞移植治療は有効な治療方法として期待されている。
損傷脊髄ではまず直接挫滅損傷(一次損傷)のあと、炎症性細胞の浸潤、サイトカインの影響により(二次損傷)がおこり、グリア細胞(特にアストロサイト)が増殖、瘢痕を形成することでニューロンの軸策伸長が阻害されることが知られている。そのため実際の実験モデル動物における損傷脊髄内では、移植神経幹細胞がアストロサイトへ優位に分化し、ニューロン軸索の修復がされず劇的な運動機能改善はみられていなかった。このような中、本受賞者はMeCP2による神経幹細胞制御の研究に着手した。MeCP2はメチル化されたDNAに結合し、転写抑制因子として機能するエピジェネティック因子の1つである。テルモ科学技術振興財団による助成を受けた研究では、脊髄にMeCP2を異所的に発現させた神経幹細胞を移植すると、アストロサイトへの分化が抑制されると同時に、通常見られないニューロン新生が見られるようになることを明らかにした。
ところで本受賞者は、抗てんかん薬バルプロ酸が神経幹細胞のニューロン分化を促進することを以前に明らかにしていた。そこで本財団の助成後には、損傷脊髄への神経幹細胞移植とバルプロ酸投与を併用することで新しいニューロンを供給し、これにより損傷脊髄機能を改善させるという新規治療法(HINT法)も開発した。
近年ヒトiPS細胞が樹立され、その利用は倫理的な問題や拒絶反応を避けられる利点があることから、再生医療に関してさらに注目が集められている。そこで本受賞者は、前述した損傷脊髄治療に関する研究成果を基に、ヒトiPS細胞由来神経幹細胞の移植が、治療に有効であるかどうかも確かめた。
関連論文
1. Fujimoto Y., Abematsu M., Falk A., Tsujimura K., Sanosaka T., Juliandi B., Semi K., Namihira M., Komiya S., Smith A. & Nakashima K. Treatment of a mouse model of spinal cord injury by transplantation of human induced pluripotent stem cell-derived long-term self-renewing neuroepithelial-like stem cells. Stem Cells 30, 1163-1173 (2012).
2. Abematsu M., Tsujimura K., Yamano M., Saito M., Kohno K., Kohyama J., Namihira M., Komiya S. & Nakashima K. Neurons derived from transplanted neural stem cells restore disrupted neuronal circuitry in a mouse model of spinal cord injury. J Clin Invest 120, 3255-3266 (2010).
3. Tsujimura K., Abematsu M., Kohyama J., Namihira M. & Nakashima K. Neuronal differentiation of neural precursor cells is promoted by the methyl-CpG-binding protein MeCP2. Exp Neurol 219, 104-111 (2009).
(2012年08月07日掲載)