研究成果

研究成果

ナメクジウオからヒトへ カンブリア紀に重複した遺伝子を不要な部位でOFFにして進化~遺伝子が働く部位の下絵は5億年以上前に出来ていた 腎臓病の治療など医療応用に期待~

 発生ゲノミクス研究チームの越智陽城 博士研究員と荻野 肇 研究チーム長らは、脊椎動物の祖先でゲノム重複が起きたあと、どのように遺伝子の調節機構が進化してきたのか、生きた化石といわれるナメクジウオを用いた研究により明らかにしました。この成果は平成24年5月22日付けのNature Communications誌(http://www.nature.com/ncomms/journal/v3/n5/full/ncomms1851.html )に発表されました。

越智陽城 博士研究員のコメント

 荻野研究チーム長と私は平成20年に本研究グループを立ち上げました。できたばかりの研究グループに果敢に加わり、水槽システムの立ち上げから参加してくれた全てのメンバーに深く感謝いたします。本論文は荻野研で蒔いた種のひとつが花開いたものですが、今後もそれらを大切に育てて発展させていきたいと考えています。


荻野 肇 研究チーム長のコメント

 進化ついては、祖先生物がもはや存在しないため、実証的な研究が難しいという問題があります。この点を今回の研究では、ナメクジウオのゲノム配列情報と比較ゲノム解析の手法、及びツメガエルを用いた遺伝子機能解析システムの効率の良さを生かして解決しました。今後も、単なる進化論ではなく、実験的アプローチを基本にした実証的な進化研究を進めていきたいと考えています。


研究の概要

 ナメクジウオ(右図)は日本では瀬戸内海などに生息し、その一部は天然記念物に指定されています。それは一見サカナに似ていますが、背骨に相当する脊索という組織がある原始的な生物で、サカナやカエル、ヒトなど背骨をもつ動物(脊椎動物)の遠い祖先に当たります。それでは、ナメクジウオのようなものから人類が進化してきた過程で、体の設計をつかさどる遺伝子はどのように変化したのでしょうか。

 その進化の過程では、5億年以上も前のカンブリア紀に、全ての遺伝子のコピー数が倍に増える、「全ゲノム重複」とよばれる現象が起きました。これにより余剰な遺伝子が生まれて、その働き、あるいは体の中で働くタイミングや場所がいろいろに変わった結果、より複雑な体がつくられるようになったと想像されています。しかし具体的には、遺伝子構造のどのような変化によって、働くタイミングや場所が変わってきたのか、不明なままでした。

 この謎を解くため、pax2とpax8と呼ばれる2つの遺伝子に注目しました。これらは全ゲノム重複によって生まれた双子の遺伝子ですが、カエルやヒトなど現在の脊椎動物では、pax2が眼や脳、腎臓で働くのに対し、pax8は主に腎臓だけで働きます。これに対して、生きた化石と呼ばれるナメクジウオは、全ゲノム重複を経験していないので、pax2とpax8の共通の祖先遺伝子に近いものを1つだけ持ち、それはpax2と同じく眼と脳、腎臓の全てで働くことが知られています(下図)。

 まず、ナメクジウオの祖先型遺伝子とpax2とpax8について、それらの働く場所を決めるスイッチの部分(シス調節配列)の構造をトランスジェニック(遺伝子導入)実験によって調べました。3つの遺伝子からONスイッチの働きをする部分(エンハンサー)を切り取って別の遺伝子(レポーター遺伝子)に連結し、ツメガエルに組み込んで発現のようすを見たところ、いずれの場合もレポーター遺伝子が本物のpax2のように眼と脳、腎臓で活性化しました。またそれらONスイッチのDNA配列も良く似ていました。しかし、pax8だけにOFFスイッチの働きをする部分(サイレンサー)が見つかり、これをpax8あるいはpax2のONスイッチと組み合わせてレポーター遺伝子に連結すると、レポーター遺伝子は本物のpax8のように腎臓だけで活性化しました。以上の結果から、pax2とpax8はいずれも同じONスイッチを祖先遺伝子から引き継いでいますが、pax8だけが眼と脳でONスイッチの働きを打ち消すOFFスイッチを付け加えて持つようになったことがわかりました。

 従来の進化研究はONスイッチ(エンハンサー)の変化にのみ注目してきましたが、それでは現実の重複遺伝子の働きの多様さを説明することが出来ませんでした。これに対して本研究は、遺伝子が働く場所のおおまかな下絵がONスイッチよって5億年以上も昔の祖先動物で既に完成していたこと、そして遺伝子のコピー数が増えた後に、増えた遺伝子が必要な場所(この場合は腎臓)だけで働き、余計な場所では働かないように、OFFスイッチ(サイレンサー)が付け加わっていったことを明らかにしました。

 今後はOFFスイッチの研究を進めることによって、祖先動物の体の設計図がどのようなものだったのか、そこから個々の遺伝子がどう変わってヒトへ進化してきたのか、明らかにできるでしょう。またpax2の働きの乱れは、腎コロボーマ症候群や多発性嚢胞腎など、様々な遺伝性腎疾患の発症に関わっています。本研究により得られたpax2の働きを調節する仕組みについての知見は、これら疾患の治療法の開発に役立つでしょう。



(2012年05月28日掲載)

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