NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

DNA損傷を克服する新たな仕組みを解明!環境ストレスに強い植物の作製に期待

植物成長制御研究室の梅田正明教授の研究グループは、植物が傷ついたDNAを持った細胞を増やさず、植物体を保つために、細胞の分裂を止めて異常なDNAを封じ込め、細胞を肥大化させるという仕組みが備わっていることを明らかにしました。本研究の成果は、植物バイオマスを増産させたりする上で、新たな方向性を与えるものと期待されています。この研究成果は平成23年5月26日にアメリカ科学アカデミー紀要 (Proceedings of the National Academy of Sciences, USA)の電子版に掲載され、また、朝日新聞、産経新聞、日刊工業新聞、日経産業新聞に記事として掲載されました。
プレスリリース詳細 ( 大学HP http://www.naist.jp/ 内コンテンツ )

梅田正明教授のコメント

梅田教授の記者発表の様子生物はDNAの損傷に対して、①DNAを修復する、②細胞死を起こしてDNA損傷を残さない、という対処の仕方をすることが知られていましたが、本研究により、植物は「エンドサイクルを誘導する」という3つ目のオプションを用意していることが明らかになりました。これは「細胞を生かしたまま分裂させない」ということを意味しており、細胞移動ができない植物にとっては器官成長を維持するための優れた戦略と言えます。本研究の主要な部分は、平成22年3月に博士後期課程を卒業した安達澄子さん(現 独立行政法人科学技術振興機構)が行ったものです。また、共同研究者として研究に参画頂いた理化学研究所 の松井南さんを始めとする皆様、東京理科大学の松永幸大先生と名古屋大学の栗原大輔さんには大変お世話になりました。この場を借りてお礼申し上げます。

研究の概要

DNA損傷を受けた細胞は、DNA修復を行うための時間稼ぎとして、一旦細胞周期を止めてDNA修復が完了するまで待つ機構を働かせることが知られている。また動物細胞では、致命的なDNA損傷が与えられると細胞死が誘導され、DNA損傷を持つ細胞が積極的に死滅する機構も良く知られている(図1)。一方で、植物細胞の場合は、DNA損傷が細胞レベルで引き起こす変化については殆ど知見が蓄積されていなかった。


図1

我々はシロイヌナズナに様々なDNA損傷処理を施して根端の細胞を観察したところ、DNA二本鎖切断処理によって個々の細胞が肥大化することを見出した(図1)。この際、細胞が持つ核DNA量も倍々に増加する一方で、染色体数は変化しなかったことから、DNA損傷を受けた細胞がエンドサイクルを回していることが明らかになった。エンドサイクルは、細胞周期のM期をスキップするサイクルで、細胞分裂をせずにDNA複製のみを繰り返すため、核DNA量が倍々に増加していく。このエンドサイクルを積極的に誘導することによって、細胞を殺さずに分裂を停止させ、DNA損傷を持つ細胞を組織内に封じ込める仕組みがあることが明らかになった(図1)。細胞の肥大化によりある程度成長を保証できること、また細胞死を起こさないので器官成長を妨げないことなどの利点を考えると、この機構はDNA損傷ストレスに対して植物が備えた、非常に賢い生存戦略と言える。 

fig.2
図2

シロイヌナズナ変異体を用いて解析した結果、DNA二本鎖切断のシグナルは、ATMやATRといったセンサーキナーゼを介して伝達されることが明らかになった。また、それらの下流でSOG1と呼ばれる転写因子も機能していることが示された。網羅的な発現解析の結果、ATM–SOG1及びATR–SOG1経路はサイクリン依存性キナーゼの活性を様々な面から制御することにより、通常の細胞周期からエンドサイクルへの転換を誘導することが明らかになった(図2)。
本研究で見出した機構を改変・利用すれば、DNA損傷に強い植物を作製することも可能になると考えられる。DNA損傷は様々な環境ストレスによって引き起こされるので、環境ストレス耐性作物の作製にも繋がるであろう。また、細胞の肥大化は器官・個体サイズの拡大をもたらすことが良く知られているので、エンドサイクルの誘導機構が更に明らかになれば、バイオマスの増産をもたらす技術開発にも寄与できると考えられる。

(2011年05月26日掲載)

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