NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

効率的な花づくりのため、幹細胞の増殖を止め、分化させる仕組み発見
~主役の多機能タンパク質の作用を解明~
農作物の種子増産に期待

効率的な花づくりのため、幹細胞の増殖を止め、分化させる仕組み発見
~主役の多機能タンパク質の作用を解明~
農作物の種子増産に期待

【概要】
 奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑一裕)先端科学技術研究科バイオサイエンス領域の伊藤寿朗教授、中国南京大学のErlei Shang(アーレイ・シャン)大学院生やSun Bo(ソン・ボ)教授らの国際共同研究グループは、植物が花の受粉に備えて、限られた時間内に花びらや雄しべ、雌しべなどを適切に作れるようにするために、特定の小さなタンパク質が花器官の元になる幹細胞(注1)の分裂増殖を止めて分化させるために複数の作用点に対して機能を発揮し、花の成長をコントロールしていることを発見しました。このタンパク質は「KNUCKLES(KNU)」と呼ばれ、遺伝子の抑制に関わる転写因子(注2)の一つです。研究成果は農作物の種子生産の増加などへの応用が期待されます。

花は、元となる幹細胞を含む花の分裂組織(メリステム)(注3)から発達し、それが分化してがく片、花びら、雄しべ、および心皮(雌しべ)を生成します。これらの花器官が適切に作られるためには、メリステムが特定のタイミングで細胞分裂・増殖による成長をやめ、分化するように仕向ける必要があります。
花の発達の初期段階では、幹細胞の活動は、花の幹細胞を誘導する遺伝子と幹細胞の遺伝子(マーカー遺伝子)間で増殖の情報をフィードバックして制御する経路を介して維持されていますが、今回のモデル植物シロイヌナズナ(注4)を使った研究により、KNUが複数の機能をもつことで、特定の花発生の段階で花の分裂組織を完全に不活性化できることが明らかになりました。つまり、KNUは、花の幹細胞を誘導する遺伝子を抑制するだけではなく、幹細胞マーカー遺伝子を直接抑制します。さらに、KNUは花の幹細胞を誘導するタンパク質に物理的に接触し、フィードバック系路を阻害することで、花メリステムの維持に必要な相互作用を妨害するという機能も持っていることがわかりました。
このようにKNUは短期間で花のメリステムの成長を抑制するための多機能タンパク質として、複数の経路に働きかけることで花の生殖器官が適切に形成されることを保証していることを解明しました。

この研究の結果は、イネ、トマト、トウモロコシなどの食用作物種の遺伝子研究に役立ちます。この研究で発見された花のメリステムの終結メカニズムは、種子生産に直接つながるものであり、世界の食糧生産のための穀物の安定的供給に利益をもたらすことが期待できます。

以上の研究は、2021年8月31日(火)付けで、米国科学アカデミー紀要 (DOI.org/10.1073/pnas.2102826118)に掲載されました。

【背景と目的】
限られた時間内に花が適切に形成されるという仕組みについては、まだまだ多くの謎が残されています。今回の米国科学アカデミー紀要(DOI.org/10.1073/pnas.2102826118)に掲載された奈良先端大と南京大学の国際共同研究では、小さな多機能タンパク質であるKNUCKLES(KNU)に着目し、それが複数の役割を果たすことで、花の元になる幹細胞の増殖を終結させて細胞の分化を促し、花の成長をコントロールしていることを突き止めました。

花は、幹細胞を含む花の分裂組織(メリステム)から発達し、それが分化してがく片、花びら、雄しべ、そして雌しべとなる心皮を生成します。これらの花器官が適切に作られるためには、メリステムが特定のタイミングで幹細胞の増殖・成長をやめ、幹細胞から花器官をつくる分化の方向に進める必要があります。
花の発達の初期段階の幹細胞が増殖している時点では、その活動は、花の幹細胞を誘導する遺伝子であるWUSCHEL(WUS)と幹細胞マーカー遺伝子であるCLAVATA3(CLV3)の間でフィードバックして増殖の情報を伝達するループ(経路)を介して調節、維持されます。
私たちのグループはこれまでKNUが、WUS遺伝子を直接、抑制することを示してきました。これにより、適切なタイミングで花の幹細胞が誘導されなくなり、活動が完了します。
今回の研究により、シロイヌナズナでは、KNUがWUSを抑制するだけではなく、CLVとの間のフィードバック経路も抑えるという複数の機能のおかげで、タイミングに応じて花発生の段階で花の分裂組織を完全に不活性化できることが明らかになりました (図1, 2参照)。つまり、KNUが、フィードバック経路のCLV3に加えてCLV1(CLV3ペプチドの受容体をコードする遺伝子)も直接抑制していたのです。さらに、KNUはWUSタンパク質と物理的に相互作用し、WUSがCLV3を活性化するのを阻害し、花の分裂組織の維持に必要な相互作用を妨害するという多機能性を持っていることがわかりました。


図1 シロイヌナズナの初期発生の花の共焦点レーザー顕微鏡画像。花幹細胞が抑制される時期に、KNU(赤で表示)とCLV3(緑)は花のメリステムの重複する領域で発現し、KNUはCLV3を直接抑制します。


図2 シロイヌナズナの初期発生の花では、幹細胞を誘導する遺伝子であるWUSCHEL(WUS)と幹細胞マーカー遺伝子であるCLAVATA3(CLV3)の間でのフィードバック経路により幹細胞が維持されている。KNU(黄色で表示)が誘導されると、WUSを抑制するだけではなく、CLV遺伝子群とCLVとの間のフィードバック経路も抑えるという複数の機能のおかげで、タイミングに応じて花発生の段階で花の分裂組織を完全に不活性化する。

【今後の展開】
私たちの結果は、KNUが短期間で花のメリステムの成長を抑制するために多機能タンパク質として、複数の経路に働きかけることで花の生殖器官が適切に形成されることを保証していることを示しています。

この研究の結果は、イネ、トマト、トウモロコシなどの食用作物種の遺伝子研究に役立ちます。この研究で発見された花のメリステムの終結メカニズムは、種子生産に直接つながるものであり、世界の食糧生産のための穀物の安定的供給に利益をもたらすことが期待できます。

【用語解説】
注1→幹細胞:多細胞体である動植物において、多種多様な細胞のもととなる細胞。分裂して自分と同じ細胞をつくる能力と別の種類の細胞に分化する能力をもっている。植物の幹細胞は動物と比べて非常に旺盛な増殖能力をもっている。
注2→転写因子: 遺伝子の発現のオン、オフを切り替えるタンパク質。DNA上の特定の塩基配列に結合し、遺伝子の発現量を調節する。
注3→メリステム:植物において幹細胞が維持される領域のこと
注4→シロイヌナズナ: 遺伝子の 析を行うのに適したアブラナ科の 1 年草。

【花発生分子遺伝学研究室】
研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses112.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/ito/

(2021年08月31日掲載)

研究成果一覧へ


Share:
  • X(twitter)
  • facebook