NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

大脳皮質の入り口で、すでに多種の感覚情報が処理されていることを発見 ~「早い情報処理」の謎解明に期待~

大脳皮質の入り口で、すでに多種の感覚情報が処理されていることを発見
~ 「早い情報処理」の謎解明に期待 ~

【概要】

 知覚を担当する脳の大脳皮質のうち、その入り口にある初期大脳皮質では、視覚など複数の感覚情報それぞれに対応する神経細胞が別々に処理するだけで、複数の情報の統合は高次の部位にまかせる、とされていましたが、詳細は不明でした。奈良先端科学技術大学院大学(学長:横矢直和)先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域 神経機能科学研究室の駒井章治准教授は、初期大脳皮質にも複数の情報に同時に反応して統合する神経細胞があり、素早く情報処理していることを明らかにしました。

 私達が受けるほとんどの情報は脳の深いところに位置する視床を通り、例えば皮膚感覚は一次体性感覚野、視覚は一次視覚野というように初期大脳皮質にまず送られます。様々な情報は分解されそれぞれの担当部位に送られ処理されるわけです。視覚情報の場合は幾つかの部分に分解され、これが統合されて様々な物体や顔を認識しているとされています。また幾つかの異なる種類の情報が互いに影響し合うことも報告されていますが、脳のどの領域で統合されているのかについては未だ不明な部分が多く残されています。

 今回の研究では生体脳に対してパッチクランプという電気生理学的な方法を適用することで、単一の神経細胞がどのような情報を受け応答しているのかを詳細に検討し、初期大脳皮質においてすら複数種の情報が数百ミリ秒の早さで入力された後、統合されていることを明らかにしました。今後のより詳細な脳の情報処理の在り方に関する研究により、脳の情報処理、特に「早い情報処理」の理解の一助になると考えられます。

 今回の研究結果は米国の専門誌"Plos One"に2018年12月20日付で掲載されました。

駒井 章治准教授のコメント

この研究は脳の一番入口の部分とも言える一次感覚野に複数種類の感覚情報が入力していることを見つけたものです。決して何でもかんでも処理されて言うということではなく、種類によって反応するものもしないものもあることもわかりました。またそれらが閾値(活動電位が出る強さ)下で起こっていて、それぞれの情報に下駄を履かせるような(相加的)働きを持つことも分かりました。
脳情報処理の初期の段階ではそれぞれの種類の情報が別々に処理されると考えられて来ましたが、このような詳細な検討を重ねることで脳の基本的な動作原理の理解が深まることが期待されると考えます。
私達は脳全体をシステムと考え、細胞一つから行動まで一連の研究として勧めてきています。世界中の多くの皆さんの関与や助けによってこのような成果が得られたと心から感謝しています。新しく一緒に研究を進めてくれる皆さんとお目にかかれることを心から楽しみにしています。

【解説】

 私達の脳は五感や運動など私達が意識するしないに関わらず、私達に働きかけてくる身体の内外の様々な情報を処理しています。一般にそれぞれの情報は脳内で個別に分類され細かく処理されていきます。例えば音の情報は耳に入ると内耳の蝸牛管で周波数ごとに分類され、それぞれの周波数に選択的に反応するように配置された神経細胞を通して対応する初期大脳皮質の領域に送られ処理されます。視覚情報も部分に分解され、それぞれの部分に対応した脳部位で処理されるように調整されています。さらに他種類の情報が相互に影響し、どちらかの感度を上げたり下げたりするような事例も報告されています。しかし一方でこの様に分解された情報がどの様に統合され認識されるのかについては不明な部分が多く残されています。

【実験結果】

 通常初期大脳皮質ではそれぞれ対応する感覚情報のみを処理し、より高次に進むにつれ様々な情報が統合的に処理されるとされていますが、今回の研究ではバレル皮質と呼ばれるマウスのヒゲの感覚情報を処理している一次体性感覚野の一つの神経細胞が耳からの音の情報により反応することが明らかとなりました。さらにその音反応が始まるタイミングはヒゲ刺激による反応に比べて遅く、長く続くこと、また、ヒゲの感覚情報と相加的に作用しうることがわかりました。この様な脳の情報処理の仕組みを少しずつ解明することにより、「早い情報処理」の特性を明確にする一助となることが考えられます。

図:初期大脳皮質の一つの神経細胞で観察されたヒゲ体性感覚応答(上)と音応答(下)


 

図:異種感覚応答の相加作用

 算術的に加算したもの(青)と異種感覚のタイミングを合わせて実験的に加算させたもの(赤)はほぼ同じ大きさを示すことが示された。右のグラフは複数のデータを示した。

【背景と目的】

 私達の脳、特に大脳皮質では情報はどのように処理されているのであろう。ノーベル経済学賞受賞者のダニエル・カーネマンは脳のシステムには「早い情報処理」と「遅い情報処理」があることを提唱している。「早い情報処理」は系統発生的にも早いもので、多くの動物に保持されていると考えられる。「早い情報処理」システムではどのように情報が処理されているのであろうか。今回はネズミの体性感覚を処理している初期皮質のバレル皮質において、別の感覚である音応答が見出されたので、これを報告した。

【今後の展開】

 今回の研究はマウス一次体性感覚皮質において多種情報が処理されており、それぞれの情報は相加的であることが示された。今後のより詳細な脳の情報処理の在り方に関する研究により、いわゆる「早い情報処理」システムの情報処理の理解の一助となると考えられる。

【用語解説】

・体性感覚野:大脳皮質内の皮膚感覚を受け、処理を行う領域。中でも最初に皮質で感覚情報を受ける領域を一次体性感覚野と呼ぶ。

・バレル皮質:げっ歯類の多くは夜行性のためヒゲを私達の指のように触れる物の感覚を受容する。そのため一次体性感覚野の顔のヒゲに当たる部分が非常に発達しており、ヒゲ一本一本に当たる部分が個別の領域を持っている。特定の染色でその領域を観察すると樽(バレル)の様に見えるため、この皮質をバレル皮質と呼ぶ。

・多種情報:マルチモーダル情報とも言う。体性感覚や聴覚、嗅覚、視覚といった別の種類の感覚情報が一度に処理される事を言う。

【掲載論文】

Title :Auditory-induced response in the primary sensory cortex of rodents

DOI : https://doi.org/10.1371/journal.pone.0209266

書誌情報 : Atsuko T. Maruyama, Shoji Komai; PLOS ONE, 13(12), e0209266, 20 December 2018

【原著論文のリンク】

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0209266

(2019年01月07日掲載)

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