研究成果の紹介
アクチン細胞骨格を制御する短鎖ペプチド- 細胞形態を決定する最小の役者 -
本研究は、科学技術振興機構・さきがけ研究のサポートのもと、影山研究グループが当研究科在籍時に、理化学研究所・発生再生総合研究センター(現、多細胞システム形成研究センター)の加藤輝研究員および林茂生グループディレクターとの共同研究により行われたものである。
掲載論文
Takefumi Kondo, Yoshiko Hashimoto, Kagayaki Kato, Sachi Inagaki, Shigeo Hayashi and Yuji Kageyama. Small peptide regulators of actin-based cell morphogenesis encoded by a polycistronic mRNA
Nature Cell Biology, Published online 7 May 2007, doi:10.1038/ncb1595
近年の研究により、様々な生物種のゲノム配列が決定され、非常にたくさんの機能不明の遺伝子がゲノム中に含まれることが明らかとなった。これらの遺伝子のなかには通常の大きさ(100 aa以上)のタンパク質をコードしていないものも多数含まれており、non-coding RNAとして働くと考えられている。影山裕二(現自然科学機構・基礎生物学研究所/岡崎統合バイオサイエンスセンター)らの研究グループでは、多彩な遺伝学的解析が可能なショウジョウバエをモデル系として、そのようなnon-coding RNA候補遺伝子を多数同定してきた。
これら遺伝子の解析過程で、大学院生の近藤武史らは、ショウジョウバエのnon-coding RNA候補遺伝子の一つが、実際には非常に小さなペプチドをコードしていることを見出した。polished rice(pri)と名付けられたこの遺伝子では、4つのORFがそれぞれ11 aaまたは32 aaのペプチドをpolycistronicにコードしている(図1)。pri遺伝子の突然変異体では、体表や気管の上皮細胞に存在する細胞突起(歯状突起およびテニディア)が欠損しており、細胞構造の形成に必要とされる特殊なアクチンの高次構造にも顕著な異常がみられた。これらの結果から、pri遺伝子がコードする短鎖ペプチドは、アクチン細胞骨格の高次構造を変化させることにより、上皮細胞の形態形成を制御する全く新しいタイプのアクチン制御因子であると考えられる。
今回の発見は、全遺伝子の数十パーセントを占めるとも言われているnon-coding RNA遺伝子の少なくとも一部は、実際には小さなペプチドをコードしていることを示すものであり、今後のゲノム解析において十分な注意を払う必要があることを意味している。
図1 (左) ほとんどの真核生物のメッセンジャーRNA (mRNA)は、ある程度の大きさ(100アミノ酸以上)のタンパク質コード領域(ORF)を一つだけ持つ。(右) 一方、pri遺伝子のmRNAは、非常に小さな4つのORFを含み、それぞれ独立に小さなペプチド(11アミノ酸あるいは32アミノ酸)へと翻訳される。
図2 (左) ショウジョウバエ胚の表皮には、アクチン束に裏打ちされた、歯状突起と呼ばれる突起構造が形成される。(右) pri遺伝子を欠いたショウジョウバエ胚は、アクチン束の消失及び歯状突起の欠損が観察される。
(2007年05月18日掲載)