NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

無施肥・無農薬でも高収量!
~イネの根に住む微生物の 4 年にわたる調査、データ解析により、持続可能な稲作の実現に結びつく細菌共生の変化の様子を明らかに~

無施肥・無農薬でも高収量!
~イネの根に住む微生物の 4 年にわたる調査、データ解析により、持続可能な稲作の実現に結びつく細菌共生の変化の様子を明らかに~

【概要】
 奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑一裕)先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域 植物免疫学研究室のドミンゲス・ジョン・ジュイッシュ助教、西條雄介教授、及び情報科学領域の博士後期課程学生 足立旭、金谷重彦教授らの研究チームが、東京大学、東京科学大学、名古屋大学、東北大学との共同研究で化学肥料や農薬を一切使わずに育てたイネの根に、どのような微生物が住み着き、栄養の少ない土壌での生育を可能にしているのかという謎に迫りました。
 調査の舞台は、70年以上にわたって化学肥料も農薬も使用されていない「無施肥・無農薬水田」です(NPO法人「無施肥無農薬栽培調査研究会」)。この水田では、農薬などを使用している慣行農法の水田と比べても6〜7割の収量があり、研究チームは持続可能な稲作の仕組みを探るために注目しました。4年間にわたりこの水田のイネの根に住む多種類の微生物の集団組成(マイクロバイオーム)を調査し、最先端のデータ解析や機械学習を組み合わせることで、肥料を使わない水田で特に多く見られる「窒素固定細菌(ちっそこていさいきん)」のグループを特定しました。これらの細菌は、大気中の窒素(N)を、水に溶ける有機窒素化合物の形に変え、植物が利用できるようにする力をもち、肥料に頼らない栽培を支えるカギと考えられます。
 将来的には、今回特定された有用な微生物(細菌)を単離し、人工的に組み合わせて活用することにより、環境負荷の少ない水稲栽培の実現が加速すると期待されます。

 本研究成果は、Plant and Cell Physiology 誌に 2025 年 06 月 09 日(月)午前 9 時 1 分(日本時間)に掲載予定です(DOI: 10.1093/pcp/pcaf045)。

【背景と目的】
 植物は、栄養が乏しい土壌でも生き延びるために、有益な微生物を根に呼び寄せて共生関係を築くことが知られています。しかし、こうした微生物が田んぼのイネでどのように集まり、働いているのかについては、まだわかっていないことが多くあります。
 本研究では、長年にわたり農薬や化学肥料も有機肥料も全く与えられていない「NOChI(No Organic and Chemical Input)」水田をモデルに、以下の 3 つの視点から調査を行いました。

1.    無施肥の水田と通常の施肥水田での、根の内部に住む共生微生物の比較
2.    栄養の少ない土壌環境で育てたイネに特化した共生微生物グループの特定
3.    微生物の集まり方に及ぼす、植物の遺伝的要因(共生制御因子CCaMK など)の影響

【主な発見】:
•    肥料の有無が根に住みつく微生物の種類の構成を決定づける: 水田で栽培したイネを4年間にわたってサンプリングし、根の内部に共生する微生物集団の菌組成の変化を特定の遺伝子のデータにより調べる「16S rRNA アンプリコンシーケンス解析(注1)」によって明らかにしました。その結果、水田に肥料を使っているかどうかが、イネの根に住む微生物の種類を大きく左右していました(図1A)。一方、イネの品種や、菌根菌との共生を制御することが知られていたイネのCCaMK 遺伝子の有無による違いは水田では限定的でした。
•    機械学習で肥料の使用有無を予測: 微生物のデータをもとにした AI モデルは、約 90%の精度で水田が施肥か無施肥かを予測できました(図1B)。特にイネの中〜後期(発芽から13〜19週)のデータで精度が高く(図1C)、特にこの時期の根に土壌の栄養状態に応じた微生物集団が安定して成立していると考えられます。
•    重要な窒素固定細菌を特定: 無施肥の水田では、Bradyrhizobium(ブラディリゾビウム)やTelmatospirillum(テルマトスピリルム)など、窒素固定に関わる細菌の仲間が多く見られました(図2)。さらに、共生微生物集団の中でどのような遺伝子がどのような割合で存在するかをメタゲノム解析(注2)によって調べたところ、窒素固定に関わる nif 遺伝子が無施肥水田では多くなっていることがわかりました(図3)。
•    細菌の入れ替わりが栽培と連動: 窒素固定 nifD 遺伝子の配列からその由来となった窒素固定細菌のグループを特定し、それらの割合の変化を明らかにしました。その結果、イネの成長段階に応じて、根に多い窒素固定細菌の種類が変化していました(図3)。たとえば、田植え後の初期には酸素の少ない環境を好む細菌が、後期には酸素を使う細菌が優勢となるなど、水   田の水管理(排水など)による酸素環境の変化と密接に関係していると考えられます。

【今後の展開】
 この研究は、化学肥料に頼らずとも、イネの根に住む特定の微生物が土壌栄養の獲得(特に窒素)を支えていることを示唆しています。さらに、微生物データをもとに施肥の状態や必要性を予測できる技術は、農地ごとの最適な施肥計画の立案や省施肥稲作への移行にも応用が期待されます。
 将来的には、今回特定された有用な細菌を単離し、人工的に組み合わせた「合成微生物群(シンセティック・コミュニティ)」を作り、バイオスティミュラント(微生物による植物活性化資材)として活用することで、環境負荷の少ない水稲栽培の実現が加速されると期待されます。

【用語解説】
注1: 16S rRNA アンプリコンシーケンス解析:細菌や古細菌(こさいきん:Archaea)などの微生物を種類ごとに調べるための方法です。すべての原核生物(細菌・古細菌)が共通して持っている「16S リボソーム RNA 遺伝子」という部分の配列を読み取ることで、どんな微生物がどれぐらい存在するかを算定し、微生物集団の菌組成を調べます。環境・生物サンプル中に含まれる微生物の“顔ぶれ”を   知るためによく使われています。
注2: メタゲノム解析(メタゲノミクス):環境・生物のサンプル中から取り出した微生物の DNA をすべてまとめて解読する技術です。これにより、その微生物集団が持っている遺伝子の種類や量、た   とえば窒素固定などの特定の働きに関わる遺伝子の発現レベルなどがわかります。微生物集団が持つ
「機能的な力」を推定するために使われる重要な方法です。

【掲載論文】
タイトル:Field Dynamics of the Root Endosphere Microbiome Assembly in Paddy Rice Cultivated under No Fertilizer Input
著 者 :Asahi Adachi, John Jewish Dominguez, Yuniar Devi Utami, Masako Fuji, Sumire Kirita, Shunsuke Imai, Takumi Murakami, Yuichi Hongoh, Rina Shinjo, Takehiro  Kamiya, Toru Fujiwara, Kiwamu Minamisawa, Naoaki Ono, Shigehiko Kanaya, Yusuke Saijo 
掲載誌:Plant and Cell Physiology
DOI: 10.1093/pcp/pcaf045

【植物免疫学研究室】

研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses111.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/saijo/

(2025年06月13日掲載)

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