NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

遺伝情報の伝達役のRNA 分子を認識する新たな機構を発見
tRNA の前駆体が成熟する前に核外輸送因子により運び出されていた
~高等動物の生命を維持する機構の進化の理解に貢献~

遺伝情報の伝達役のRNA 分子を認識する新たな機構を発見
tRNA の前駆体が成熟する前に核外輸送因子により運び出されていた
~高等動物の生命を維持する機構の進化の理解に貢献~

【概要】
 奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑一裕)先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域 RNA 分子医科学研究室の博士後期課程Li Ze(リー ヅゥー)と岡村勝友教授らは、ショウジョウバエの細胞の核内の RNA が輸送タンパク質により核外に運び出されるときに、酵母などの研究で知られているRNA分子として成熟したパターンでなく、未成熟の RNA前駆体を認識するという新しい性質を発見しました。この成果から多様なRNAが種々の核外輸送機構によってどのように認識されているのか、また進化の過程でそれぞれの核外輸送機構の役割がどう変化するのかという課題の一端が明らかになりました。特にタンパク質の合成に欠かせない役割を果たし、あらゆる生命に必須の因子であるtRNA(転位 RNA、注)においても、その成熟化と核外輸送の順序が酵母などとは異なることが示唆され、生物間で違いがあることを示唆する結果となりました。

本研究成果は、Journal of Biological Chemistry 誌に 2024 年 8 月 2 日(金)に公開されました。
(DOI:10.1016/j.jbc.2024.107632


【背景と目的】
 細胞の中で産生される RNA 分子のほとんどは核の中で作られ、その後切断や化学修飾などを受けて核外へと輸送されています。核外輸送は自動的には起こらず、特定の種類の RNA 分子を認識する核外輸送因子が、核内で起こるべき成熟化過程を終えた RNA 分子のみを核外に輸送する仕組みになっています。
 例えば、タンパク質の合成に必須の役割を果たしあらゆる生命に必須の因子である tRNA に注目すると、酵母では tRNA の前駆体が生成された後、核外輸送因子である Exportin-t が両端の切り取られる修飾を受けた tRNA 分子のみを選別することによって、tRNA 生合成と核外輸送が正確に起こる仕組みが備わっています(図)。しかし、tRNA は全ての生物が持っているのに対し、Exportin-t 遺伝子はショウジョウバエでは失われていました。このため、Exportin-t の代わりにExportin-5 がtRNA 核外輸送の役割を担うことが示されていますが、Exportin-5 は tRNA 輸送に特化した因子ではなく、両端の切断状態を区別できるか明らかになっていませんでした(図)。

【研究の内容】
 本研究ではショウジョウバエにおいて Exportin-5 に結合する RNA 分子を網羅的に同定しました。その結果、これまで知られていたExportin-5の標的を全て検出することができ、tRNAも検出されました。詳細な解析の結果、Exportin-5 は酵母のExportin-t とは異なり、両端の切断が起こる前の tRNA 前駆体に結合していることが明らかになりました。これまで tRNA 前駆体の両端の切断が核内で起こると考えられてきましたが、Exportin-5 が両端の切断前にtRNA 前駆体に結合していたことから、tRNA 前駆体の両端の切断が核外の細胞質で起こると仮説をたてて検証しました。その結果、意外なことに tRNA 前駆体の両端の切断が細胞質で起こることを示す結果が得られ、tRNA 生合成が酵母と高等動物で大きく異なるのではないかと考えました。また本研究の解析では、これまで知られていなかったExportin-5とmRNA との結合も示され、Exportin-5 がこれまで考えられてきたよりも多くの RNA 分子種の核外輸送に関わる可能性を示唆するものでした。

【今後の展開】
 複数の核外輸送因子がそれぞれ固有のRNA分子の認識を行い、一部は複数の核外輸送因子によって認識されていることは以前より示されていました。今回、生物種によりtRNA前駆体の切断と輸送の順序が異なり得ることが示されたことは、生命に必須の非常に普遍的な分子機構も進化の過程で大きく変化し得ることを示しました。
 一方で Exportin-5 がこれまで考えられていたよりも多種類の RNA 分子と結合することがわかったことから、Exportin-5 が持つ生理学的作用についてより深く調査する必要があります。これまでヒト肝癌や消化器癌で見られる Exportin-5 異常は、その主要な基質と考えられていたマイクロ RNA の核外輸送異常と関連づけて研究されてきましたが、ショウジョウバエで見られたように多くの tRNA 前駆体や mRNA との結合がヒト細胞でも見られるのであれば、より広範な影響を考えた研究が必要となります。

【用語解説】
注    tRNA(転移 RNA):全ての生物が持つ必須の RNA 分子群で、タンパク質合成に必要なアミノ酸を適切に蛋白質合成装置リボソームに運ぶ役割を持つ。

【掲載論文】
タ イ ト ル :Exportin-5 binding precedes 5- and 3-end processing of tRNA precursors in Drosophila
著者:Ze Li, Junko Iida, Masami Shiimori, Katsutomo Okamura 
掲 載 誌 :Journal of Biological Chemistry 
DOI:10.1016/j.jbc.2024.107632

【RNA分子医科学研究室】

研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses216.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/okamura/
 

 

 

(2024年08月29日掲載)

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