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奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

Research 研究成果の紹介

細胞内を走行するアクチン細胞骨格の発見
~細胞の形が自発的にできる仕組みの手がかり~

細胞内を走行するアクチン細胞骨格の発見
~細胞の形が自発的にできる仕組みの手がかり~

【概要】
 奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑一裕)先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域博士後期課程修了生の矢神希生さん、バイオサイエンス領域の嶺岸卓德助教、研究・イノベーション推進機構の稲垣直之特任教授、物質創成科学領域の細川陽一郎教授、データ駆動型サイエンス創造センターの作村諭一教授らのグループは、細胞内を活発に走行するアクチン細胞骨格を発見しました。
 細胞は外部からの指示がない状態でも、独自の形を作り出すことができます。細胞が持つこの「自発的」に形を生み出す「自己組織化」能力は生命活動の基礎となっていますが、その仕組みは、現代生物学の最も大きな未解決問題の一つです。
 今回、研究グループは細胞内を活発に走行するアクチン細胞骨格を発見し、自己駆動アクチンフィラメント(SpTA)と名付けました。興味深いことに、SpTAは細胞内をランダムに移動方向を変えながら走行します。SpTAが細胞膜に衝突すると、膜を内側から押し出して小さな突起を形成しました。そして、さらにそこにSpTAが集積して突起を成長させ、細胞の形を生み出しました。
 本研究は、細胞が形を生み出す過程の始まりを明らかにしたもので、細胞の形が自発的にできる仕組みの手がかりとなります。また、SpTAの動きは、現在、物理学で研究されている自己駆動粒子(注1)の動きとそっくりで、本研究は、自己組織化の問題に取り組むために現代生物学と現代物理学を連携する架け橋となることが期待できます。 

 本研究成果は、欧州の生命科学雑誌 EMBO Reports誌に6月25日(木)午後6時(日本時間)に掲載されます(DOI: 10.1038/s44319-026-00804-6)。
 
【背景と目的】
 私たちの体を構成する細胞は、驚くほどダイナミックにその形を変化させます。例えば、免疫の主役である「白血球」は、足のように突起を伸ばして移動し、手を広げるようにして外敵(ウイルス、細菌など)を丸ごと飲み込みます。また、脳にある「神経細胞」は、驚くほど長い突起を伸ばして互いにつながり、複雑な情報ネットワークを作り上げます。この独自の「形を生み出す能力」こそが、生命が生き抜くための基礎となっています。
 この形づくりを裏で支えているのが、細胞の中にある「アクチン」というタンパク質からなる細胞の骨格です。これがいわば「骨組み」となり、内側から細胞の膜を押し出すことで、細胞の形を変えます。これまでの研究から、アクチン細胞骨格が細胞外の分子のシグナルを受け取ることで調節を受ける仕組みはわかっています。つまり、外からの指示で形をつくる「受動的」な仕組みです。しかし、細胞は外部からの指示がない状態でも、自律的に骨組みを組み上げ、独自の形を作り出すことができます。「どのようにして、細胞が自ら形を決めることができるのか?」。細胞が持つこの「自発的」に形を生み出す「自己組織化」のメカニズムは、完全には解明されていません。それは、現代生物学の最も重要な難問の一つです。
 今回、研究グループは、細胞内を活発に走行するアクチン細胞骨格を発見しました。これまで、アクチン細胞骨格は、化学反応の「波」として細胞内を伝わると考えられ「アクチン波」と呼ばれていました。しかし、このアクチン細胞骨格は、「波」として伝わるのではなく、ランダムに移動方向を変えながら前進する「粒子」として振る舞い、物理学で研究されている自己駆動粒子の動きとそっくりでした。そこで、研究グループは、これを自己駆動アクチンフィラメント(SpTA, Self-propelled Treadmilling Actin filament)と名付け、その細胞内における働きを調べました。

【研究の内容】
ヒトグリオーマU251 細胞(注2)は、外部からの方向性を持ったシグナルがなくても自発的に前部と後部を形成して細胞移動を行います(矢印、図1)。

研究グループは、U251細胞内のアクチン細胞骨格を顕微鏡によるライブイメージングで詳しく調べ、細胞内を活発に走行するSpTA を発見しました。SpTA は、ランダムに方向を変えながら細胞内を走行します(矢頭、図2A)。また、SpTA が細胞膜に衝突すると、膜を内側から押し出して小さな突起を形成しました(矢頭、図2B)。

 さらに、SpTA の走行メカニズムを調べたところ、SpTAがATP(アデノシン三リン酸)のエネルギーを使って、方向性を持ったアクチン分子の重合と脱重合(Treadmilling)を繰り返しながら、細胞内を前進することがわかりました(図3)。

 興味深いことに、SpTAが小さな突起に集まる様子も観察されました。そこで、レーザーで加工した培養皿を用いてU251細胞の形を三角形に変形させると、SpTAは三角形の角の部分に集まりました(図4A)。さらに、SpTAの走行を数理モデルで記述してコンピュータでシミュレーションしたところ、同様の結果が得られました(図4B)。これまでの物理学の研究から、自己駆動粒子が突出した領域に取り込まれることが報告されています。従って、SpTAが自己駆動粒子の持つ突出した領域、つまり細胞突起に集積する性質を持つことがわかりました。

 そこで、SpTAの動きを抑制するとU251細胞の前方部と後方部の形成が抑制され(図5)、細胞の移動もおかしくなりました。
 以上の結果から、SpTAは、細胞膜に衝突して膜を内側から押し出して小さな突起を形成し、さらにそこにSpTAが集まることで突起を成長させ、細胞の形を生み出すと考えられます(図6)。

【研究の意義と位置づけ】
 今回、研究グループは、アクチンフィラメントの集合体からなる新たな自己駆動粒子SpTAを発見しました。本研究は、「SpTAの走行というミクロの現象が集まって、細胞の形づくりや細胞移動といったマクロの現象を引き起こす」ことを示し、生物の自己組織化の問題の解明につながることが期待できます。また、自己組織化の始まりを担う自己駆動粒子の発見を通じて、自己組織化の問題に取り組むための現代生物学と現代物理学を連携する架け橋となることが期待できます。

【謝辞】
 本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST)「メカノバイオロジー機構の解明による革新的医療機器及び医療技術の創出」研究開発領域における研究開発課題「細胞-基質間の力を基盤とした細胞移動と神経回路形成機構の解明およびその破綻による病態の解明」(JP17gm0810011)および日本学術振興会(JSPS)科学研究費(JP19H03223, 25K02272, JP19K16127, JP23K14181)、大阪難病研究財団による支援によって実施しました。

【用語解説】
注1:自己駆動粒子:従来の物理学(平衡統計力学)では、不規則な衝突によってランダムに動く「ブラウン運動」をする粒子を解析してきたが、自己駆動粒子は現代物理学で解析されている自らエネルギーを消費して一定の方向に進む物体。
注2:ヒトグリオーマU251細胞:ヒト悪性脳腫瘍(悪性グリオーマ)から樹立された細胞株で、がんの浸潤・転移メカニズムの研究等に用いられる。

【掲載論文】
タイトル:Spontaneous membrane protrusion and cell morphogenesis via self-propelled actin filaments
著者:矢神希生1、嶺岸卓徳1,2、馬場健太郎1、簾新智1、勝野弘子1、岡野和宣3、作村諭一4、細川陽一郎3、稲垣直之1,5
1:奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域 神経システム生物学
2:奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域 多細胞機能医科学
3:奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 物質創成科学領域 生体プロセス工学
4:奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 データ駆動型サイエンス創造センター データ駆動型生物学
5:奈良先端科学技術大学院大学 研究・イノベーション推進機構 メカノシステム生物学
 

掲載誌:EMBO Reports
DOI: 10.1038/s44319-026-00804-6

多細胞機能医科学
 

研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses212.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/sasai/

(2026年07月02日掲載)

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