Osr1 欠損マウスを用いた異種間胚盤胞補完法により、マウス体内でラットの腎臓を持つキメラ動物の作製に成功 ~腎臓再構築の新たな基盤を提示~
Osr1 欠損マウスを用いた異種間胚盤胞補完法により、 マウス体内でラットの腎臓を持つキメラ動物の作製に成功
~腎臓再構築の新たな基盤を提示~
【概要】
奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑一裕)先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域 器官発生工学研究室の磯谷綾子准教授、国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター研究所(理事長:荒井秀典)実験動物管理室の由利俊祐室長(研究当時、奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域 助教)の研究グループは、胚盤胞補完法(注 1)と呼ばれる技術で、腎臓を欠損するマウスの体内でラットの多能性幹細胞(PSC、注 2)由来の腎臓を作り出すことに成功しました。
胚盤胞補完法は、特定臓器が形成できない胚に ES 細胞(ESC)や iPS 細胞(iPSC)などの PSC を注入し、PSC に由来する臓器を生体内で作製する技術です。本技術により作成された臓器は立体構造をもつことから、将来的には、移植用臓器の作製法として期待されています。しかし、腎臓は発生機構が極めて複雑であり、特にラット細胞をマウスへ導入する異種間の組み合わせ条件では、これまで腎臓形成についての報告がありませんでした。
研究グループは今回、複数の腎形成不全モデルマウス(Sall1 欠損、Ret 欠損、Osr1 欠損)を比較解析しました。その結果、Sall1 欠損では腎臓発生に必須な「ネフロン前駆細胞」(NPC、注 3)、Ret欠損胚では腎臓形成に必須な「尿管芽」(UB、注 4)、Osr1 欠損胚では NPC と UB の両方の発生領域が欠損していることを明らかにしました。
さらに、ラット ESC を Osr1 欠損マウス胚へ注入したところ、ラット細胞が腎臓発生領域へ高率に寄与した場合のみ、NPC と UB の由来組織がラット細胞により構成されることが明らかとなりました。本研究成果は、異種間での臓器形成には「臓器発生に必要な細胞が、発生領域に適切な量として存在する」ことが極めて重要であることを示すものです。本研究で得られた知見は今後、異種間臓器形成の発生学的適合性を理解する上で重要な知見となると考えられます。
本研究は主に、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(基盤研究 B・基盤研究 C・挑戦的研究(萌芽))、ノバルティス科学振興財団、奈良先端科学技術大学院大学支援財団、国立長寿医療研究センター長寿医療研究開発費(24-31)の支援を受けて行いました。
この研究成果は、Cell Press が発行する国際学術誌 Stem Cell Reports 誌に 2026 年 6 月 11 日(木)午前 11 時 00 分(ET:米国東部時間)にオンライン公開され、Volume 21, Issue 7(2026 年 7 月 14日)に掲載されます。
(DOI: https://doi.org/10.1016/j.stemcr.2026.102957)
<掲載論文>
タイトル: Rat cell–derived kidney generation via interspecies blastocyst complementation in an Osr1-KO mouse model
著者: 由利 俊祐 1,2*,#、磯谷 綾子 2#
1: 国立長寿医療研究センター研究所 研究推進基盤センター 実験動物管理室(現所属)
2: 奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 器官発生工学研究室
*筆頭著者 #共責任著者
掲載誌: Stem Cell Reports(2026)
DOI: https://doi.org/10.1016/j.stemcr.2026.102957
【背景と目的】
慢性腎不全に対する最も有効な治療法は腎移植ですが、ドナー不足は世界的な課題となっています。そこで、ドナー不足を解決するために、動物体内でその動物の持つ発生システムを利用することで、多能性幹細胞(PSC)由来の臓器を作る手法である胚盤胞補完法を用いた臓器作製が注目されていま す。この方法では、特定臓器を形成できない胚に PSC を注入することで、注入細胞が欠損した臓器を 形成します。これまでに膵臓や胸腺など複数の臓器で異種間臓器形成が報告されていましたが、マウ ス体内でラット PSC から腎臓を形成することは成功していませんでした。そこで本研究では、どのよ うな腎臓欠損モデルが異種間腎臓形成に適しているのか、ラット細胞がどの腎臓組織へ寄与できるの か、異種間腎臓形成を成立させる条件は何かを明らかにすることを目的として研究を行いました。
【研究成果】
本研究ではまず、Sall1-KO、Ret-KO、Osr1-KO という複数の腎臓欠損マウスモデルを、「reverse blastocyst complementation(rBC)」法を用いて比較解析しました。その結果、Sall1-KO モデルではネフロン前駆細胞(NPC)、Ret-KO モデルでは尿管芽(UB)、Osr1-KO モデルでは NPC と UB の両方の腎臓発生領域が欠損していることが明らかとなりました(図1)。特に Osr1-KO モデルでは、腎臓形成に NPC と UB の両方の発生領域が空いているため、ドナーとなるラット細胞が発生領域を補完した場合、適切な組織間相互作用を誘導できる状態となると考えられました。そこで、ラット ES 細胞(ESC)を Osr1-KO マウス胚へ注入したところ、高いラット細胞寄与率を示す個体において、ラット細胞主体の腎臓形成が確認されました(図2)。形成された腎臓を解析したところ、NPC 由来組織や UB 由来組織が主にラット細胞由来であることが示されました(図3)。さらに、形成された腎組織では、LTL(近位尿細管マーカー)、WT1(糸球体上皮細胞、NPC マーカー)、E-Cadherin(遠位尿細管、集合管マーカー)、CD31(血管内皮細胞マーカー)などの腎臓発生・成熟マーカーの発現も確認され、腎組織としての特徴を有することが示されました(図4)。
【今後の展開】
今回の研究では、「ラット細胞からなる腎臓をマウス体内で形成できる」ことを初めて示すとともに、異種間臓器形成に必要な発生条件を明らかにしました。今後は、より効率的な異種間臓器形成技術の開発、移植可能な成熟腎臓への発展、ヒト細胞を用いた将来的な臓器形成研究などへつながることが期待されます。また、本研究で示された「臓器発生領域に閾値以上の細胞が存在すれば、異種細胞由来であっても臓器の形成が起こる」という概念は、腎臓以外の臓器形成研究にも応用可能であると考えられ、再生医療分野への幅広い展開が期待されます。








【用語解説】
(注 1)胚盤胞補完法:臓器が欠損する初期胚(胚盤胞期胚)へ多能性幹細胞(PSC)を注入し、代理母の子宮へ移植することで、PSC が、本来欠損するはずの臓器を作り出す方法。動物の発生システムを利用し、動物体内で臓器を作製するため、三次元構造を持つ PSC 由来の臓器を作製することができる。
(注 2)多能性幹細胞(PSC):胎盤以外の生体のどの組織にもなる能力(多能性)を持つ細胞のこと。胚性幹細胞(ES 細胞:ESC)や人工多能性幹細胞(iPS 細胞:iPSC)などがある。
(注 3)ネフロン前駆細胞(NPC):腎臓のネフロン(糸球体や尿細管)を形成する前駆細胞群。
(注 4)尿管芽(UB):集合管系を形成し、腎臓発生を誘導する重要な上皮系譜。
(注 5)キメラ動物(個体):1つの個体中に2つ以上の異なる遺伝型を持つ細胞が含まれる動物のこと
【器官発生工学研究室】
研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses214.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/isotani/
(2026年07月07日掲載)
奈良先端科学技術大学院大学