栄養不⾜が植物の病害抵抗性を弱める原因を解明
〜異常気象下での作物収量増産への貢献に期待〜
栄養不⾜が植物の病害抵抗性を弱める原因を解明
〜異常気象下での作物収量増産への貢献に期待〜
ポイント
・細胞内の糖分やエネルギー不⾜により植物の免疫活性が低下することを発⾒。
・細胞内エネルギーセンサーSnRK1 が植物の病害抵抗性遺伝⼦発現のブレーキとなることを発⾒。
・SnRK1 の機能を弱めることで⾼湿度ストレス下でも病気に強い植物となることを実証。
概要
北海道⼤学⼤学院理学研究院の佐藤⻑緒准教授、眞⽊美帆博⼠研究員、奈良先端科学技術⼤学院大学先端科学技術研究科バイオサイエンス領域の⻄條雄介教授、安⽥盛貴助教、名古屋⼤学遺伝⼦実験施設の多⽥安⾂教授、野元美佳講師、徳島⼤学⼤学院社会産業理⼯学研究部の⼭⽥晃嗣准教授らの研究グループは、植物が細胞内の栄養やエネルギー不⾜により、病害細菌への抵抗性が低下する仕組みを明らかにしました。
世界中で⽣産される農作物は病害による⼤きな損失を受けており、⼈⼝増加に対応した⾷糧の確保・増産を⽬指す上で⼤きな課題になっています。また、近年の研究から、⾼温や⾼湿度といった環境ストレス下では、植物の免疫活性が低下し、病原菌感染に弱くなるということが分かってきており、⼤きな注⽬を集めていますが、その原因となるメカニズムはよく分かっていません。
本研究では、モデル植物シロイヌナズナを材料に、細胞活動に⽋かせない栄養である糖やエネルギーの不⾜により植物免疫活性が低下することを⾒出しました。さらに、我々ヒトも含めた真核⽣物に保存された細胞内エネルギーセンサーである SnRK1(哺乳類 AMPK/酵⺟ SNF1 相同遺伝⼦)が、糖やエネルギー不⾜環境下で植物免疫のブレーキ役を担っており、病害抵抗性遺伝⼦の発現を抑制することを発⾒しました。加えて、興味深い結果として、SnRK1 機能を⼈⼯的に低下させた植物では、⾼湿度下でも⾼い免疫活性を⽰し、病害細菌への抵抗性が強化されることが⽰されました。
本研究で得られた知⾒は、近年多発する異常気象下において植物の病害抵抗性が低下することを防ぎ、安定した収量を得られる作物品種や農業資材の開発に役⽴つことが期待されます。
本研究成果は、2025 年 11 ⽉ 26 ⽇(⽔)公開のProceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 誌に掲載されました。

【背景】
世界中で⽣産される農作物は病害による⼤きな損失を受けており、⼈⼝増加に対応した⾷糧の確保・増産を⽬指す上で⼤きな課題になっています。また、近年の研究から、⾼温や⾼湿度といった環境ストレス下では、植物の免疫活性が低下し、病原菌感染に弱くなるということが分かってきており、異常気象下での作物⽣産を考える上でも⼤きな注⽬を集めています。植物の耐病性を考える上では、これまで主に植物と病原体間の関係に焦点を絞った研究が⾏われてきましたが、植物の病害が発生するかしないかには環境の変化も大きく影響することが分かってきており、植物ー病原体ー環境要因の 3 者の関係性、すなわち「Disease triangle」が重要であるという考え方が注⽬されています。
また、農業現場では、例えば⽇照不⾜や冷夏によりイネをはじめとする農作物が病害を受けやすくなる原因として、植物体内の糖量が低下することとの関連性が古くから⽰唆されてきました。糖は、細胞内のエネルギー通貨である ATP を⽣み出す原料であると同時に、細胞内のシグナル伝達系に作⽤する機能分⼦としても重要性が知られていますが、糖の不⾜による免疫活性への影響の詳細は未解明でした。
【研究⼿法と研究成果】
本研究では、モデル植物シロイヌナズナを⽤いて、植物体内の糖量を制御した環境で⽣育させ、RNA-seq 解析*1 を実施することで、糖が不⾜した際に植物の病害抵抗性に関わる遺伝⼦発現が⼤規模に低下することが分かりました。特に、病原細菌に対する抵抗性で重要な役割を果たす植物ホルモン「サリチル酸*2」に応答した遺伝⼦発現が顕著に低下することが分かりました。そして、こうした糖飢餓により、細胞内のエネルギー状態を感受する SnRK1 というリン酸化酵素 *3 の活性が上昇することを⾒出しました。SnRK1 の機能を⼈⼯的に抑制した植物株では、病原細菌Pseudomonassyri syringae pv. tomato DC3000 に対する耐病性が強化されていることが確認されました。さらに、高湿度条件においてSnRK1の活性が高まること、またSnRK1の機能を抑制させた植物では高湿度条件下でも高い病原菌抵抗性を示すという興味深い結果が得られました。つまり、細胞内のエネルギーセンサーである SnRK1 が糖飢餓や高湿度といったストレス条件下における免疫ブレーキ役として機能していることが明らかになりました(図 1、図 2)。
加えて、タンパク質相互作⽤や遺伝⼦発現解析から、SnRK1 はサリチル酸応答性の遺伝⼦発現を制御する TGA 型転写因⼦*4 と直接的に結合し、その機能を調節することで、免疫ブレーキ機構の⼀翼を担うことが⽰唆されました(図 3)。
本研究から、細胞活動に⽋かせない栄養素である糖の不⾜が植物免疫に作⽤する仕組みの⼀端が解明されました。それは、細胞内エネルギーセンサーとして働くSnRK1が、糖飢餓や⾼湿度といった環境ストレスに応じて活性化され、植物の免疫応答を調節するという、予想外の仕組みでした。
【今後への期待】
サリチル酸は、⾼湿度に加えて、⾼温環境による植物免疫活性低下にも関与することが知られており、本研究で発⾒した SnRK1 による植物免疫制御の仕組みは、多様な環境ストレスと植物免疫活性の関係を理解する上でも基盤情報になる可能性が予想されます。また、SnRK1 は、イネや野菜等の植物にも幅広く存在しており、今後作物種での SnRK1 機能解明や SnRK1 活性に作⽤する化合物の探索が進むことで、異常気象による環境ストレス下でも病気に強く、安定した収量を得るための優良作物品種や農業資材の開発に貢献することが期待されます。
また、SnRK1 は真核⽣物に保存された細胞内エネルギーセンサーであり、ヒト AMPK(酵⺟ SNF1)としても保存されているため、今回発⾒した SnRK1 による免疫制御の仕組みが多様な⽣物種でどう作⽤しているのかを研究することで、⽣物の進化や医学的な観点でも新たな発⾒につながる可能性が期待されます。
【謝辞】
本研究は、⽂部科学省科学研究費助成事業・学術変⾰領域研究(A)(研究代表:佐藤⻑緒、課題番号 JP25H01346、JP23H04184、 研究代表:松下智直(研究分担:多⽥安⾂)、課題番号 JP20H05905、JP20H05906)、⽇本学術振興会科学研究費助成事業・基盤研究(B)(研究代表:佐藤⻑緒、課題番号JP23H02170、研究代表:⻄條雄介、課題番号 JP18H02467、JP21H02507)、若⼿研究(研究代表:眞⽊美帆、課題番号 JP23K13921、研究代表:安⽥盛貴、課題番号 JP21K14829)、科学技術振興機構・ACT-X(研究代表:安⽥盛貴、課題番号 JPMJAX22BN)、国⽴⼤学法⼈北海道⼤学・創成はばたく次世代研究助成事業(研究代表者:眞⽊美帆)の助成を受けた成果です。
論文情報
論⽂名:Cellular energy sensor SnRK1 suppresses salicylic acid-dependent and -independent defenses and bacterial resistance in Arabidopsis(細胞内エネルギーセンサーSnRK1 はサリチル酸依存及び⾮依存的な防御応答と細菌感染への抵抗性を抑制する)
著者名:Linnan Jie 1、2、† 、眞⽊美帆 1、† 、安⽥盛貴 3、† 、⼭⽥晃嗣 4、江島早紀 5、杉崎歩美 5、⾼⽊純平 1、野元美佳 6、7、Xiu-Fang Xin 2、多⽥安⾂ 6、7、⻄條雄介 3、佐藤⻑緒 1、*(1 北海道⼤学⼤学院理学研究院、2 中国科学院植物⽣理⽣態研究所、3 奈良先端科学技術⼤学院⼤学先端科学技術研究科、 4 徳島⼤学⼤学院社会産業理⼯学研究部、5 北海道⼤学⼤学院⽣命科学院、6 名古屋⼤学遺伝⼦実験施設、7 名古屋⼤学⼤学院理学研究科、†共同筆頭著者、*責任著者)
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(⽶国科学アカデミー紀要)
DOI:10.1073/pnas.2527765122
公表⽇:2025 年 11 ⽉ 26 ⽇(⽔)(オンライン公開)



【⽤語解説】
*1 RNA-seq 解析 … 次世代シークエンサーを⽤いて、細胞内の遺伝⼦発現量(RNA 量)を網羅的に解析する実験技術。
*2 サリチル酸 … 植物ホルモンの⼀種で、植物の病原体抵抗性遺伝⼦発現制御において重要な役割を担う。
*3 リン酸化酵素 … タンパク質の翻訳後機能制御の⼀つであるリン酸化を触媒する酵素。特定のアミノ酸にリン酸基を付与し、標的タンパク質の機能を制御することで、細胞内シグナル伝達因⼦としての役割を果たす。
*4 転写因⼦ … 遺伝⼦の転写制御に関わるタンパク質。⽣命の設計図として機能する DNA に結合し、遺伝情報の読み取り、機能発現を制御する。
【植物免疫学研究室】
研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses111.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/saijo/
(2025年12月04日掲載)
奈良先端科学技術大学院大学