酵母の成長スイッチ TORC1 を操作し、日本酒の香味を自在に調整
―吟醸香や酸味成分を調整する可能性―
酵母の成長スイッチ TORC1 を操作し、日本酒の香味を自在に調整
―吟醸香や酸味成分を調整する可能性―
国立大学法人奈良先端科学技術大学院大学(学長・塩﨑一裕、奈良県生駒市)の渡辺大輔准教授と、月桂冠株式会社(社長・大倉治彦、本社・京都市伏見区)総合研究所は共同研究により、酵母の成長スイッチとして働き、エタノール発酵を制御する仕組み「TORC1」を操作することで、日本酒の香りや味わいに関わる成分を調整できる可能性を見出しました。具体的には、この操作により吟醸香の主成分である酢酸イソアミルや、酸味に関わるリンゴ酸などの成分が増加することを確認しました。これにより、香りが高く、多様な味わいを持つ日本酒づくりへの応用が期待できます。
背景
日本酒の醸造に用いられる清酒酵母は、他の醸造酒よりもエタノール発酵が高く、制御因子 TORC1*(以下、 TORC1)が重要な役割を担っていることが報告されています 1)。月桂冠の研究により、TORC1 がエタノール発酵だけでなく日本酒の香りにも関わる可能性が明らかになりました。そこで、日本酒醸造における TORC1 に関する知見・技術をもつ奈良先端大と日本酒醸造技術をもつ月桂冠が連携し、TORC1 と香味成分との関係を検証しました。
TORC1 を抑制する因子を欠いた清酒酵母を用いた日本酒醸造の検証
そこでTORC1 を抑制する因子に着目し、まずその抑制因子を構成する NPR2 とNPR3**をコードする遺伝子をそれぞれ破壊した清酒酵母を育種しました。次に育種した酵母を用いて日本酒醸造を行い、香気成分・有機酸測定を行いました。その結果、吟醸香の主成分である酢酸イソアミルをはじめ、酢酸イソブチル、酢酸 β-フェネチルといった香り成分が増加し、酸味に関わるリンゴ酸も増加することが確認できました(下図)。

さらに遺伝子発現解析などの詳細な研究を行ったところ、コントロールと比較して抑制因子破壊酵母は TORC1 が活性化している可能性が示されました。
以上の結果は、TORC1 を制御することで、吟醸香の高い日本酒だけでなく、多様な香味や酸味を持つ日本酒を生み出すことが可能となり、今後、香りや味わいを自在に設計できる日本酒の開発につながることが期待できます。
* TORC1︓Target-of-rapamycin protein kinase complex 1 の略。栄養状態、ストレスなどに応答して細胞を制御する因子。栄養状態が良いときは、活性化して細胞成長などを促す。
**NPR2、NPR3︓共に SEACIT 複合体を形成して、TORC1 を抑制する。
引用文献・参照 URL
1) Watanabe D. et al., Appl Environ Microbiol. (2018), doi: 10.1128/AEM.02083-18
【微生物インタラクション研究室】
研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses313.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/microbial_interaction/
(2025年10月16日掲載)