NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

いいかげんに働く細胞たちが協調してからだを作る仕組みを解明
~ リズムを刻む体内時計によるノイズキャンセル機構 ~

いいかげんに働く細胞たちが協調してからだを作る仕組みを解明
~ リズムを刻む体内時計によるノイズキャンセル機構 ~

【概要】

受精卵からからだが正しく形作られるためには、生体内の現象が正確にコントロールされている必要があります。しかし、からだを構成する一つ一つの細胞は機械のように精密ではなく、いいかげんでノイズに満ちており、同じ条件でも常に全く同じように働く訳ではありません。そのような状況でどのように動物のからだは正確に作られるのでしょうか?この問題に取り組むため、京都大学大学院生命科学研究科 本田直樹 准教授および奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域 松井貴輝 准教授の研究グループは、脊椎動物の体節形成に注目しました。体節とは発生過程で体軸に沿って繰り返し作られる構造で、将来できる背骨などの元となるものです。これまでの研究によって、体内時計(分節時計)のリズムに合わせて均一な体節が作られること、また時計が機能しないと体節の大きさが不均一になってしまうことが知られていました。しかしながら、時計の働きで体節が再現性よく作られるメカニズムは不明でした。本研究では数理モデルと実験を組み合わせることで、時計の刻むリズムがノイズをキャンセルする効果を持つことを示しました。そして、時計がオーケストラの指揮者のようにバラバラに振る舞う細胞たちを協調させることで、発生過程が正確にコントロールされていることが明らかとなりました。本研究成果は、体節形成の高い再現性を保証する仕組みの一端を初めて明らかにしたものですが、今後、ヒトの発生疾患(脊椎肋骨異常症など)の疾患の予防や治療につながることが期待されます。

本研究の理論的成果は、2019年2月5日に米国の国際学術誌「PLoS Computational Biology」にオンライン掲載されました。また、実験的成果に関しては、2018年3月12日に米国の国際学術誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。

松井貴輝准教授のコメント

この研究は、実験解析と数理モデルを組み合わせた学際融合研究で、初めは、1報の論文としてまとめようとしていましたが、様々な困難、紆余曲折を経て、最終的に2報の論文としての発表になりました。苦労が多く、時間がかかったので、論文として成果発表することができ、今はほっとしています。この研究にご尽力いただきました共著者の京都大学 本田直樹 准教授、石井信 教授、本学Dini Sari博士(現ガジャマダ大)、石嶋帆之介 君、秋山隆太郎 助教、別所康全 教授の皆様に、この場を借りて、御礼申し上げます。

1.背景

受精卵から始まって複雑な形態へと至る発生過程は非常に正確に制御されており、実際、全く同じ遺伝情報を持つ一卵性双生児が極めて似た容姿を持つことはよく知られています。一方で、細胞一つ一つは揺らぎに満ちており、機械のように決まった働きをする訳ではありません。そもそも細胞内では、限られた数の分子同士が偶然出会うことで化学反応が引き起こされることから、細胞にとってノイズを避けることはできません。つまり、動物のからだはあまり信頼のできない素子である細胞から構成されているのです。これまで多くの研究者たちは、多細胞からなるシステムがノイズを巧みにキャンセルすることで、からだを正しく形作ると考えてきました。しかしながら、そのメカニズムは発生生物学における大きな謎の一つでした。この問題に取り組むため、私たちは脊椎動物の体節形成に着目しました。体節とは発生過程の途中で頭の方から尻尾の方へ、順々に繰り返し作られる細胞の塊で、これが将来できる背骨や筋肉、皮膚などへと変化していきます。また、一つの個体において何度も同じ現象を観測することができるため、体節形成は発生過程の正確性や再現性を調べるのに大変優れています。

体節が作られる場所では一定の時間間隔で活性化する遺伝子が「時計」の役割を果たし、この時計が生み出すリズムによって体節ができるタイミングが決められています。また時計の働きを止めると、体節の繰り返し構造が失われ、その後の発生が異常をきたします。このことから、この時計は体節形成に必須であると広く信じられてきました。それに反して、時計の働きが止まった発生過程をよく観察すると、実際には体節が作られているのです。一方、体節の大きさはバラバラになっており、再現性は失われてしまいます。この事実は、時計は体節の"形成"には必須ではなく、むしろ"再現性"にとって重要であることを示しています。そこで私たちは、時計による体節の再現性の役割を解明するためには、その前に「時計のない条件でノイズがどのように不均一な体節を生み出すのか?」を理解することが先だと考えました。そうすることで初めて、「時計がどのようにノイズをキャンセルして、体節の再現性を保証しているのか?」を問うことができるのです。

私たちは以前の研究によって、ERKと呼ばれる分子の活性変化が体節を作る場所を決めていることを明らかにしてきました。まだ体節になっていない細胞集団はERKが活性化しており、一定の細胞集団が次々と、ERK不活性化を引き起こすことで体節へと変化します。また時計のリズムによって、ERKが一定の時間間隔で不活性化していくことで、均一な大きさの体節が作られます。しかしながら、時計がない場合における、不規則な体節形成とERK活性の挙動との関係は全く分かっていませんでした。

2.研究手法・成果

発生過程に対する細胞内のノイズの影響を調べるためには、ノイズの大きさを人為的に操作する必要があります。しかし、現在の実験技術でこれを行うのは難しいため、本研究ではERKに制御される体節形成をコンピュータでシミュレーションするための数理モデルを作りました。数理モデルではノイズの大きさを自由自在に調節することができるため、ノイズの影響を調べることができます。

まずは時計がない状況でシミュレーションを行うと、ERKの不活性化が不規則なタイミングで引き起こされ、その結果、不均一な体節が作られることが予測されました。この現象を解析すると、細胞内のノイズの影響が細胞同士のコミュニケーションによって空間的に伝播していくことで、細胞全体の協調性が失われ、不均一な体節が作られることが分かりました。次に時計が一定のリズムを刻んでいる状況でシミュレーションを行うと、ノイズの影響を受けているにも関わらず、ERKの不活性化が一定間隔で正確に引き起こされ、均一な体節が作られました。この結果は、私たちの以前の実験結果を説明するものでした。また、時計がない場合に起こるノイズ伝播が、時計の働きで一時的にシャットアウトされることで、ノイズの影響を最小限に留め、細胞たちの協調性を高めていることを明らかにしました。

さらに、この数理モデルの妥当性を実験的に検証するために、ERK活性を可視化することのできる特殊な分子(FRETバイオセンサー)をゼブラフィッシュに入れて、体節形成におけるERK活性を顕微鏡で観測しました。そして数理モデルの予測どおり、時計が働いている場合はERK不活性化が一定間隔で引き起こされる一方で、時計が止まっている場合はその間隔が不規則になることを確認しました。この結果は、数理モデルの妥当性を強く支持するものでした。

3.波及効果、今後の予定

これまで広く考えられてきた時計の役割は、その時間的周期性を体節の空間的周期性へと変換するというものでしたが、時計がない場合の不規則な体節形成を説明することは不可能でした。本研究では、不規則な体節形成を説明する初めてのモデルを提唱し、実験的にその妥当性を確認しました。さらには、時計が細胞たちを協調させる指揮者の役割を果たすことで、体節形成がノイズに影響されずに再現性よく作られることを明らかにしました。

今後は、他の器官形成においても時間的に変動するシグナルが再現性に重要な役割を果たしているのか研究する予定です。また、体節形成の異常はヒトの発生疾患(脊椎肋骨異常症など)を招くことから、今回の成果をもとに疾患の予防や治療の開発につながることが期待されます。

4.研究プロジェクトについて

本研究は、京都大学大学院生命科学研究科および奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域による共同研究で、科研費「若手B(16K16147)」, 科研費「基盤B (15H04322)」および武田科学振興財団「ライフサイエンス研究奨励」の資金的支援を受けて、実施されました。

【研究者からのコメント】

博物館で恐竜の標本骨格を観察すると、背骨が整然と並んだ美しい繰り返し構造に見惚れてしまう方は少なくないと思います。この正確な規則性はどこからくるのでしょうか?実は、動物のからだが形づくられる発生過程を顕微鏡で拡大してみると、細胞たちは常に揺らいでおり、機械仕掛けのように動いているのではないのが観察できます。そのような状況にも関わらず、どのようにからだが正しく形作られるのかは、生物学にとっての大きな問題でした。そこで私たちは、背骨の元になる体節と呼ばれる繰り返し構造の正確性の謎に挑みました。そして、リズムを刻む体内時計がオーケストラの指揮者のような役割を果たすことで、いい加減に振る舞おうとする細胞たちを協調させ、体節形成を正確にコントロールしていることを明らかにしました。

【論文タイトルと著者】

タイトル:Noise-resistant developmental reproducibility in vertebrate somite formation.
(体節形成の再現性維持のためのノイズ耐性メカニズム)
著 者:Honda Naoki, Ryutaro Akiyama, Dini Wahyu Kartika Sari, Shin Ishii, Yasumasa Bessho and Takaaki Matsui
掲 載 誌:PLoS Computational Biology DOI:https://doi.org/10.1371/journal.pcbi.1006579

タイトル:Time-lapse observation of stepwise regression of Erk activity in zebrafish presomitic mesoderm.(ゼブラフィッシュ体節形成において観測されるERK活性領域の段階的後退)
著 者:Dini Wahyu Kartika Sari, Ryutaro Akiyama, Honda Naoki, Hannosuke Ishijima, Yasumasa Bessho and Takaaki Matsui
掲 載 誌:Scientific Reports DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-018-22619-9

【原著論文のリンク】

https://www.nature.com/articles/s41598-018-22619-9
https://journals.plos.org/ploscompbiol/article?id=10.1371/journal.pcbi.1006579

[遺伝子発現制御研究室]
研究室紹介ホームページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses308.html
研究室ホームページ:https://sites.google.com/view/bessho-lab-top

(2019年02月14日掲載)

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