バイオエンジニアリング

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mRNAの安定化

概要

 遺伝子の発現において重要な過程の一つがmRNAの分解です。mRNAは一定の確率で必ず分解されており、細胞質内で蓄積する量は、転写の効率とmRNAの安定性のバランスによって決定されています。このmRNAの分解は複数の異なる機構で行われていることが知られており、mRNAの様々な特性が関わっています。我々は、mRNAの安定性に関わる配列的な特徴等の解析を通して、導入遺伝子発現系においてmRNAを高蓄積させ、発現量を向上させる研究を行っています。

mRNA分解における内部での切断部位の同定および配列置換によるmRNA安定化

 RNAは一定の確率で必ず分解されており、細胞質内で蓄積する量は、転写の効率とmRNAの安定性のバランスによって決定されています。加えて、細胞の様々な状況に応じて生命活動を調節するためにも分解の過程は必須となっています。例えば、熱ストレスで誘導されたmRNAが分解されなければ、熱への応答のスイッチが永遠に入ったままとなってしまいます。このRNAの分解機構は、ポリA鎖の短縮に依存する分解機構と、エンドヌクレアーゼ等によるRNA内部配列の切断に依存する分解機構に大別することができます。この中で、RNA内部配列の切断に依存する分解機構に関しては、RNA切断部位を網羅的に同定する手法の技術的な複数の問題によって、正確な切断部位の同定や定量が難しく、動植物、酵母を含め不明な点が数多く存在していました。そこで本研究室では、次世代シーケンサーを用いて切断部位を網羅的に同定できるTruncated RNA end sequencing(TREseq)法を開発し(図1)、複数の生物種、複数の条件での評価を行いました。その結果、既知のmiRNA等による切断以外の顕著な切断部位を多数同定することに成功しました。また、切断されやすいRNAほど半減期が短い傾向が認められており、この手法によって評価した内部切断がmRNA蓄積量にも影響を及ぼしていることが示唆されています。この切断部位の周辺には、特徴的な塩基パターンが存在し、活発に翻訳されているmRNAほど切断されやすい傾向がありました。有用遺伝子高発現系では、発現量を向上させるために翻訳を活発化させる翻訳エンハンサーを使用することも多く、それら活発に翻訳されるmRNA上に切断されやすい配列が存在する場合は、内部切断によって発現量が低下している可能性があります。
 このような切断部位をレポーター遺伝子に人為的に挿入した場合、1か所の切断部位が蓄積量を最大で2割ほど低下させることが明らかとなりました。この蓄積量の低下は、挿入した切断部位の特徴的な配列をたった1塩基のみ置換することで大幅に軽減できることが確認されています。このように、導入遺伝子の発現量がmRNA内部での切断によって低下している場合、本研究室で考案したTREseqを用いることで切断部位を同定し、その切断部位を塩基配列を置換することによって発現量を向上させることが可能となりました。
 現在は、切断部位周辺の配列的特徴の解析を通して、in silicoにてmRNAの内部切断のされやすさを予測し、mRNA上に存在する全ての部位での切断を回避する安定的な配列を設計するシステムの開発を行っています。詳細は下記の「mRNA内部での切断を回避する安定的な配列の設計」をご覧ください。

図1 TREseqの模式図

 まず、細胞からTotal RNAを抽出し、rRNAを取り除きます。その後、ランダムプライマーを用いて逆転写反応を行い、Cap付きRNAとCap無しRNAを選別します。Cap付きRNAの5'末端の位置は転写開始点となります。Cap無しRNAの5'末端の位置は、分解中間産物の末端位置であり、例えば、mRNA内部での切断部位となります。その後、双方のライブラリーを作製し、次世代シーケンサーを用いて5'末端の配列情報を取得し、データ解析を行うことで、網羅的な切断部位データを取得することができます。

mRNA内部での切断を回避する安定的な配列の設計

 mRNA内部での切断を回避する安定的な配列の設計を行うことによって、導入遺伝子の発現量を高めることに成功しています。現在、特許申請中のため、詳細を記載することができません。

包括的にmRNAを安定化させる技術の開発

 これまでの研究によって、mRNA内部での切断を回避する安定的な配列の設計が可能となりました。現在は、更に発現量を向上させるために、mRNA内部での切断だけではなく、エキソヌクレアーゼによる分解なども含めて、包括的にmRNAを安定化させる技術の開発を行っています(図2)。将来的に、開発した技術を特許化する可能性が非常に高いため、詳細を記載することができません。

図2 mRNA安定化の模式図

 (A)一般的なmRNA分解の模式図。生物は、細胞の様々な状況に応じて生命活動を調節するために、mRNAの転写と分解を繰り返しています。そのため、mRNAは必ず分解される必要があり、生物はmRNAを分解するための複数の機構を有しています。(B)有用物質生産におけるmRNA安定化のイメージ図。有用物質生産においては生産量を増加させるため、有用遺伝子由来のmRNAを分解から保護する必要があります。そのためには、様々なmRNAの分解機構を回避するようなmRNA配列を設計する必要があります。