バイオエンジニアリング

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研究テーマ

導入遺伝子の高発現に関わるエレメントの単離と改良

細胞内での遺伝子発現は、転写・転写後・翻訳などの過程で制御されています。植物へ導入した有用遺伝子を効率的に発現させるためには、各過程を最適化する必要があります。そのため、転写に関わるコアプロモーターの解析、転写終結およびmRNAのプロセッシングに関わるターミネーターの解析、mRNAの多様性に関わるスプライシング機構の解析、mRNAの安定性や翻訳効率に関わる5’UTR配列や3'UTR配列の解析などを、次世代シーケンサーを用いて精力的に行っています。これら解析を通して、高発現に関わる配列エレメントを単離するとともにその改良を行っています。また、得られた成果については、複数の企業へ技術提供を行い、企業と共同でワクチンタンパク質や成長ホルモンなどを高生産する植物の作出を目指しています(図1)。

図1 遺伝子発現の流れ

遺伝子発現の各ステップを最適化するために、それぞれの制御過程を詳細に解析し、高発現に関わる配列エレメントの単離と改良を行っています。


人工遺伝子の設計

 遺伝子の発現制御過程における様々な効率は塩基配列によって決まっています。そのため、効率と塩基配列の関係性を解明できれば、既存の効率を凌駕する全く新しい配列を設計することが可能となります。そこで当研究室では、網羅的な効率の評価や塩基配列の同定、機械学習を用いたデータ解析、最適化アルゴリズムなどを用いることで、効率を最大化するような塩基配列を設計するシステムの開発を行っています(図2)。既に当研究室では、5'UTR配列を最適化することによってmRNAの翻訳効率を劇的に向上させることに成功しています。現在は、発現系の配列全体を最適化し、あらゆる制御過程の効率を最大化することを目指しています。

図2 人工遺伝子の設計

mRNAの翻訳状態解析や安定性解析に加えて、転写開始点/スプライシングパターン/ポリA付加部位に関する細胞内の網羅的データを用いて機械学習モデルを構築することで、有用遺伝子の発現を最適化できる人工遺伝子の設計に繋げて行きます。


遺伝子発現による表現型制御機構の解明

 遺伝子発現はその個体の表現型に直結します。この研究では、特に開花時期などの植物の繁殖成功にとって重要な形質に焦点を当てています。ゲノム配列情報や遺伝子発現データに基づいて、表現型を制御する遺伝子をゲノム網羅的に検出することを試みています(図3)。また、検出された遺伝子の発現量や質を解析して、遺伝子型や栽培条件ごとにどのように表現型に関連しているかを明らかにします。野生植物の繁殖成功度を制御する仕組みの理解や、将来的には農業への応用を目指しています。

図3 塩基多型と表現型多型の関連解析

ゲノム配列情報から得られた系統間での塩基の違い(塩基多型)と、表現型の違い(表現型多型)を使って、注目する形質に関連するゲノム領域を推定します。


より詳細な研究テーマ紹介

mRNA転写の効率化

遺伝子の発現において重要な過程の一つがDNAからmRNAへの転写です。この過程は、転写の開始に関わるプロモーターや、転写の終結に関わるターミネーター、mRNAの成熟化に関わるスプライシングなど複数の要因によって制御されており、細胞の状態に応じて転写されるmRNAの量や塩基配列を決定しています。我々はこの転写およびmRNAの成熟化に関する研究を行うことで、導入遺伝子高発現系における転写されるmRNA量の増加や転写されるmRNAの配列の均一化を行っています。

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mRNAの安定化

遺伝子の発現において重要な過程の一つがmRNAの分解です。mRNAは一定の確率で必ず分解されており、細胞質内で蓄積する量は、転写の効率とmRNAの安定性のバランスによって決定されています。このmRNAの分解は複数の異なる機構で行われていることが知られており、mRNAの様々な特性が関わっています。我々は、mRNAの安定性に関わる配列的な特徴等の解析を通して、導入遺伝子発現系においてmRNAを高蓄積させ、発現量を向上させる研究を行っています。

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mRNA翻訳の効率化

遺伝子の発現において重要な過程の一つがmRNAからタンパク質への翻訳です。mRNAの転写や分解が、蓄積するmRNAの量を決めるのに対し、翻訳はmRNAあたりに作られるタンパク質の量を決めます。そのため、転写に加えて、翻訳の効率も向上させることがタンパク質の生産量を向上させるために重要となります。この翻訳効率は、mRNAの配列によって決定されていますが、特に大きな影響を与えているのは5'UTRと呼ばれる領域です。特に、翻訳を向上させる5'UTR配列は翻訳エンハンサーと呼ばれ、導入遺伝子高発現系の構築に活用されています。当研究室ではこれまでに、植物で非常に強力な翻訳エンハンサーを見出しており、導入遺伝子の発現量を劇的に向上させることに成功しています。現在は、5'UTR配列と翻訳効率との間の関係性を解析することで、目的の有用タンパク質に特化した翻訳エンハンサーを設計する研究を行っています。

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植物の表現型と遺伝子型

生物は種内に塩基配列や、表現型の多型を維持しています。特に一度根ざした場所から動くことのできない植物は、生育する環境に適応していく過程で自然選択の影響を強く受けるため、こういった多型の蓄積が種の存続の鍵になります。また、農業に利用される品種にも様々な多型が存在し、味や耐病性などのニーズにあった表現型を示す系統が作出されています。このような種内に維持される表現型多型情報(表現型の違い)と、次世代シーケンサーで得られたゲノムワイドな塩基多型情報(塩基配列の違い)を合わせて解析することで、注目する形質に関連する遺伝領域を検出することができます。この研究室では特に、植物の繁殖成功に関わる開花や生活史などの形質について、種内の表現型多型に関わる遺伝的要因と環境要因の探索を行なっています。繁殖成功に関わるこれらの形質は、生物多様性の観点からも、農業品種の改良においても重要です。

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次世代シーケンサーを用いた基盤情報の取得

近年の生物の研究を支える重要な技術の一つが次世代シーケンサーです。この次世代シーケンサーは、大量の塩基配列を高速で読むことが可能な機械であり、そこから得られる配列情報は遺伝子の研究をする上で必須の情報となっています。この次世代シーケンサーには、その特性や目的によって複数の種類が存在しています。その中でも、Nanoporeシーケンサーに代表されるロングリードシーケンサーは、最も先進的なシーケンサーであり、従来法に存在していた様々な問題を一挙に解決できると期待されています。一方で、その技術は未だ発展途上であり、ハード面でもソフト面でも多くの課題を抱えています。そこで当研究室では、ロングリードシーケンサーによって得られるデータを処理、解析するツールの開発を行っています。

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