バイオエンジニアリング

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人工核酸結合タンパク質を利用した遺伝子発現制御 (田村 泰造)

植物を基盤とする物質生産システムは、環境負荷が少なく、他の生物種に由来する物質生産システムと比べて安価に有用物質を生産できる点で注目されています。 また、植物細胞は哺乳類由来の病原体に感受性を持たないため、生産物が病原体に汚染されるリスクが低く、医薬品原料や機能性物質などの生産システムとしても期待されています。
一方で、他の生物種を用いた物質生産システムに比べて、植物の物質生産性は低い傾向にあり、生産性向上を狙った導入遺伝子の過剰発現は宿主の生育を妨げ、結果的に物質生産性を更に下げてしまうリスクがあります。 そのため、宿主の生育を阻害することなく有用物質を高度に生産させるためには、物質生産プロセスの根幹にある遺伝子発現を緻密に制御する技術が求められます。
本研究では、遺伝子の発現を制御している調節因子や酵素を人工的に作り出し、特定の細胞内在遺伝子あるいは外来からの導入遺伝子の発現を人為的に制御する技術の確立を目指します。 合成した人工調節因子・酵素を、当研究室で確立した発現ベクターの最適化技術と組み合わせることで、宿主の代謝機能に負担をかけることなく、効率的な物質生産を可能にする、遺伝子発現の多面的な制御技術の実用化に挑戦します。

核酸結合タンパク質の設計

PentatricoPeptide Repeat (PPR) タンパク質はPPRモチーフと呼ばれる共通構造を持つタンパク質群の総称です。 PPR遺伝子はヒトや酵母などの真核生物で保存され、特に維管束植物において巨大な遺伝子ファミリーを形成しています。
1つのPPRモチーフは平均35個のアミノ酸で構成され、わずかなアミノ酸の違いからそれぞれ特定の核酸塩基と結合する能力を備えています。 この特性を利用して、標的RNAの塩基配列に合わせて適切なPPRモチーフを連結することで任意の標的RNAに特異的に結合する核酸結合タンパク質を人工合成します。

PPRに由来する核酸制御ツールの実用化

自然界に存在するPPRタンパク質の多くは転写やRNA編集、RNAスプライシング、翻訳、RNAの安定化や分解など多様な核酸制御に寄与していることが知られています。 そのため、PPRモチーフを連結して作製した核酸結合タンパク質に様々な核酸制御に寄与する活性制御ドメインを連結することで、 特定の標的RNAの遺伝子発現プロセスを人為的に操作するゲノム工学ツールとして利用できることが期待されます。

人工的な調節因子や酵素を用いた遺伝子発現制御技術の応用・開発研究は始まったばかりであり、 今後標的とする遺伝子や適用生物種、制御できる遺伝子発現プロセスを増やすことで技術の実用性の実証に取り組んでいきます。 また、研究を通して得られた知識を新しいバイオプロセスの設計に利用するだけでなく、 合成生物学的視点から生体反応を模倣する中で遺伝子発現機構の更なる理解に向けた科学的知見を得たいと考えています。