NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

常温大気圧プラズマ照射によって、アブラナ科植物種子の発芽率を向上
〜農業現場での応用に期待〜

常温大気圧プラズマ照射によって、アブラナ科植物種子の発芽率を向上
〜農業現場での応用に期待〜

【概要】
 タキイ種苗(株)、名城大学や大阪医科薬科大学物理学教室と共同で、発芽率が約50%しかなく、従来は破棄せざるを得なかったアブラナ科植物(カラシナ、ハクサイ)の種子について、常温大気圧プラズマ(注1)を照射することにより、98%近い発芽率を得ることに成功しました(図1)。

図1 発芽率が約50%であるハクサイの種子(A)も、プラズマ照射10分間処理をすると、
95%以上の確率で発芽するようになる(B)。スケールバーは1cm。

使用したプラズマ装置は、薄いガラス板をステンレス製の電極で挟んだ構造に9kVの高電圧をかけるという単純な構造を持ち(図2)、一部の装置で必須とされている純粋ガスは必要なく、取り扱いが簡単です。ですから、装置をスケールアップするだけで、大量の種子を処理することが可能となります。また、わずか 5 分間のプラズマ照射で発芽率の向上が達成され、その効果は適切な保管条件下で少なくとも 1か月間持続します。発芽率98%の種子は商業的に利用可能であり、プラズマ照射という方法が、農業にとって重要な作物の種子発芽率を改善するための、実用的な手段になり得ることを明らかにしました。

図2 プラズマ発生装置の模式図(A)と写真(B)。下のプラスチックケースにある粒がアブラナ科植物の種(50個)。暗所で撮影した、実際にプラズマを発生させている状態の電極の様子(C)。スケールバーは2cm。

【背景と目的】
 食物生産性の向上は、SDGsの目標の一つ「飢餓をゼロに」にも繋がる重要な課題です。植物は子孫を残すために種子を作り、その種子が発芽して実ります。しかし、一旦休眠状態に深く入り込んでしまうと、種は必ず発芽するとは限りません。
今回我々は、発芽率の低下してしまったアブラナ科植物の種子を有効活用するにあたり、プラズマ照射という方法を実用化出来るのではないかと考えて検証に取り組みました。

【研究の内容】
 発芽率を向上させることは、商業ベースで廃棄する種子を減らす上で、大事なことです。これまで、植物ホルモンを投与したり、温度をコントロールするなどして、発芽率を上昇させることが可能であることは知られていました。また、プラズマ照射すると、発芽率が上昇することも多く発表されてきましたが、実際の農業現場では、ほとんど普及していません。
今回、種苗会社と共同で、実用を目指した、プラズマによる発芽促進方法の解明に挑みました。まず、我々の開発したプラズマ照射装置を用いて条件検討することにより、照射時間に依存して発芽率の上昇が観察されることを確認しました。(図3)。

図3 発芽率は、プラズマ照射する時間に依存して向上する。ただし5~10分程度で効果は頭打ちとなり、100%に到着することは難しい。

プラズマ照射による発芽促進についてはこれまでも報告があり、そのメカニズムについては、照射直後の遺伝子変化などを追跡した結果なども報告されています。今回特筆すべき発見は、プラズマ照射して発芽率が上昇するという効果を、1ヵ月間以上持続できるということです(図4)。また発芽率上昇効果は、照射時間5~10分間でほぼ頭打ちとなり、100%に到達することは難しいことも判りました(図1,3,4)。

図4 発芽率上昇効果は、5分~10分間プラズマ照射した種子において観察されその効果は1ヵ月以上持続することが判った。

今回の実験では、奈良先端大で照射を実施し、その種を一般の宅配サービスを用いてタキイ種苗(株)へ輸送、京都の本社内で発芽実験を実施しました。今回得られたもう一つの特筆すべき発見は、照射した種子を常温で輸送した場合にも、その効果は減衰しないということです(図1,3,4)。
さらに、これまでに発芽促進効果を発揮することの知られている植物ホルモン(ジベレリン:注2)の効果と比較することにより、プラズマによる効果は、ジベレリンなどのホルモンとは別の経路で活性化していることも示唆されました(図5)。

図5 プラズマ照射によって発芽率は上昇するものの、ジベレリン(GA)を加えた際に観察されるような成長促進効果は見られない。スケールバーは1cm。

 以上の結果から、プラズマ照射による発芽率上昇効果は、照射直後に種子内で誘導されるであろう、遺伝子発現を始めとする様々な応答によって引き起こされるというよりも、プラズマに含まれるオゾンを始めとする様々な活性化学種によって種子表面の殻が傷つき、殻を破って発芽しようとする際の障壁を低くすることが、そのメカニズムの本質である可能性が示唆されました。また今回、運搬や保存によって効果は減衰しないことが明らかとなり、プラズマ照射を実施する時期や場所について、現場での厳密な種まきのタイミングに合わせる必要がなく、実際の普及を後押しできる結果であると考えられます。

【今後の展開】
 今回の成果は、NAISTが長年に渡り、研究費の配分やワークショップ開催支援(公開シンポジウム「刺激を与えて細胞を制御する:化合物、紫外線からプラズマまで」;https://www.naist.jp/event/2017/03/003648.html)といった活動を通して、異分野融合研究を推奨してきた成果であるといえます。本研究はまた、植物学や物理学、電気工学との融合領域研究であると同時に、実用化へ向けた産学連携の取り組みとしても、有意のある活動であったと考えられます。本学の特色の一つである異分野融合研究については、今後も新しい研究の種を発掘する上で重要であり、支援する仕組みをますます充実させていく予定です。
 著者の一人である山口さんはNAIST伊藤研出身者でもあり、今後も意欲ある学生を継続して輩出できるよう、教育面においても、学生の興味を刺激するような研究課題について取り組んで行きたいと考えています。本研究の成果に基づいて研究領域が発展し、常温大気圧プラズマの技術が、農業や園芸の分野で実際に普及していくことが期待されます。

【研究プロジェクト】
本成果はプラズマバイオコンソーシアム(https://www.nins.jp/pbc/)、奈良先端科学技術大学院大学異分野融合プロジェクト、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 基盤研究 A「植物幹細胞の増殖・分化・老化のバランスによる花の数とサイズの制御機構」、基盤研究 B「プラズマ照射型シングルセル遺伝子導入マイクロデバイスの開発」、挑戦的研究(萌芽) 「シングルセル遺伝子導入デバイス」、「近縁種交配体ゲノムによる植物個体死の定義および制御系の理解」、学術変革領域 A「不均一環境と植物」、「挑戦的両性花原理」、「植物気候フィードバック」の支援を受けて行いました。

【掲載論文】
タイトル: Non-thermal atmospheric-pressure plasma exposure as a practical method for improvement of Brassica juncea seed germination
著者: Mime Kobayashi1、2*, Sho Yamaguchi3, Shintaro Kusano3, Shinya Kumagai4, Toshiro Ito1 
所属: 1. 奈良先端科学技術大学院大学 2. 大阪医科薬科大学 3. タキイ種苗(株)4. 名城大学
掲載誌: Journal of Biotechnology (2024) 392, 103-108
DOI: 10.1016/j.jbiotec.2024.06.019

【用語解説】
注1 プラズマ:固体、液体、気体に次ぐ、物質の第4の状態。光や熱を発生するほか、反応活性な化学種が存在する。これまで、真空条件下で、室温程度のプラズマが半導体の加工に用いられてきた。近年、常温常圧でプラズマを作り出す技術が発展し、大気中で活性酸素や活性窒素を容易に生成できるようになり、生物学においても様々な応用が模索されている。空気清浄機で応用されている殺菌効果はその一つである。

注2 ジベレリン(GA):植物ホルモンの一種で、植物の発芽や成長の促進に関与している。

【花発生分子遺伝学研究室】
 

研究室紹介ページ:https://bsw3.naist.jp/courses/courses112.html
研究室ホームページ:https://bsw3.naist.jp/ito/
 

 

(2024年08月22日掲載)

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