NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

植物はDNAに傷を負うと成長を一時停止させる仕組みをもっている
~ストレスに自在に対応する新たなメカニズムを解明・食糧や植物バイオマスの増産に期待~

植物はDNAに傷を負うと成長を一時停止させる仕組みをもっている
~ストレスに自在に対応する新たなメカニズムを解明・食糧や植物バイオマスの増産に期待~

【概要】

 奈良先端科学技術大学院大学(奈良先端大、学長:横矢 直和)バイオサイエンス研究科 植物成長制御研究室の梅田正明教授らは、植物がDNAに傷を負うというストレスがあった時に細胞分裂を一時停止して成長再開の準備を整えるという新たなメカニズムを発見した。動物の場合、DNAが損傷した時点で細胞死に至るが、植物はストレスに曝されても、細胞分裂のオンオフを切り替えて生き続ける巧妙な生存戦略を裏付けた。

 梅田教授らは、シロイヌナズナのDNAに損傷を与えると根の伸長が停止するが、細胞分裂を調節する遺伝子の活性制御に関わる転写因子というタンパク質の変異体では根が伸び続けることを発見した。そこで、この転写因子について解析したところ、DNA損傷を受けるとタンパク質が顕著に蓄積して、細胞分裂を促進する働きをもつ遺伝子群の発現を抑制することを明らかにした。これらの遺伝子群の発現は、この転写因子と近縁の転写因子により逆に誘導されることから、植物はストレスの状況に応じてこれらの転写因子を使い分けることにより、成長を自在に止めたり再開させたりする仕組みをもつことが明らかになった。

 本研究の成果は、転写因子の発現や機能を改変することにより、ストレス下でも細胞分裂を止めず成長を続けさせ、食糧や植物バイオマスを増産させる技術開発に、新たな方向性を与えるものと期待される。この研究成果は平成29年9月21日付けでNature Communications(オンラインジャーナル)で掲載される予定である(プレス解禁日時:日本時間 平成29年9月21日(木)午後6時)。

梅田正明教授のコメント

 この研究は、本学で博士学位を取得した台湾からの留学生Poyu Chenさんが行ったものです。変異体の表現型や分子レベルの挙動がクリアだったので、研究は一気に進みましたが、論文をまとめるのに一番苦労しました。本研究で見つかったメカニズムは、DNA損傷に限らず、様々な環境ストレスが植物の成長を抑制する際にも働いていると考えています。植物は一生を通じて成長を続ける生き物なので、このような環境に対する一時的な対処法は生存戦略として非常に重要だと思います。
 

【解説】

 植物はストレスに曝されると細胞分裂を抑えようとする。中でも、遺伝情報であるDNAに損傷を与えるようなストレスは、細胞分裂を即座に停止させる。ただ、植物が動物と異なるのは、分裂を停止した後に細胞を殺さず、そのまま生かす戦略をとる点である。そして、ストレスがなくなると再び分裂を開始し、成長を開始する。このようなストレスに対する応答は、植物が変動する環境下で生き続ける上で非常に重要であるが、細胞分裂を停止させるメカニズムはわかっていなかった。

 

図1 ゼオシン処理によりDNA損傷 を与えた際の根の伸長

細胞周期の中で、細胞分裂の準備から分裂までの時期(G2期〜M期)に発現する遺伝子に対し、これを制御する転写因子として、MYB3Rというタンパク質があり、これにはG2/M期遺伝子の発現を活発にする活性化型MYB3R(Act-MYB)と、逆に抑える抑制型MYB3R(Rep-MYB)の2種類があることが知られている。梅田教授らは、Rep-MYB遺伝子が壊れたシロイヌナズナの変異体では、ゼオシンという薬剤でDNA損傷を与えても根の伸長が止まらないことを見出した(図1)。つまり、Rep-MYBはDNA損傷に応答して細胞分裂を停止させるのに重要な転写因子であることがわかった。



 

図2 根の先端におけるMYB3R3-GFP融合タンパク質の蓄積

そこで、Rep-MYBがDNA損傷に応答してどのように制御されているかを調べた。その結果、Rep-MYBはDNA損傷ストレスがないと積極的に分解され、あまり蓄積していないが、DNA損傷を与えるとタンパク質が安定化し、細胞内に高蓄積することが明らかになった(図2)。また、Rep-MYBは、細胞周期の中心的な制御因子であるサイクリン依存性キナーゼ(CDK)という酵素によりリン酸化されると分解されることも明らかになった。

 以上の結果から、DNA損傷に伴うCDK活性の低下がRep-MYBを安定化し、高蓄積させ、G2/M期遺伝子の発現を抑制していることが示された(図3)。一方、ストレスから解放されるとCDK活性が上昇し、Rep-MYBが分解されると同時にAct-MYBが活性化され、G2/M期遺伝子の発現が再び活性化すると考えられる(図3)。このようなAct-MYBとRep-MYBの使い分けが、DNA損傷に応答して成長を止めたり、再開させたりするのに重要であることが明らかになった。

図3 DNA損傷応答におけるMYB3Rの役割

【本研究の意義】

  最近の梅田教授らの研究から、本論文で明らかになった制御系は、DNA損傷以外の様々な環境ストレスが細胞分裂を停止する際にも働いていることが示唆されている。したがって、Rep-MYBの機能を抑制する薬剤を開発すれば、ストレス下でも細胞分裂を止めず、植物の成長を続けさせることができると考えられる。これは、変動する環境下で植物を持続的に成長させ、穀物や植物バイオマスの収量を上げる技術開発につながり、食糧や環境問題の解決に向けて新たな方向性を与えるものと言える。

【用語解説】

●DNA損傷
DNA損傷は通常の細胞活動の中で常に起きているが、植物では紫外線、放射線、活性酸素、病原菌感染、重金属などの外的ストレスによってもDNA損傷が起きることが知られている。

● 細胞周期
細胞が分裂するには、G1期、S(DNA複製)期、G2期、M(分裂)期の4つのステージから成る細胞周期が回る必要がある。CDKは様々な基質タンパク質をリン酸化することにより、これらのステージ間の移行を促す。

【共同研究者】
名古屋大学大学院 生命農学研究科 准教授 伊藤 正樹
立命館大学 生命科学部生命情報学科 准教授 深尾 陽一朗

研究室紹介ホームページ: http://bsw3.naist.jp/courses/courses105.html
研究室ホームページ: http://bsw3.naist.jp/umeda/

(2017年09月22日掲載)

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