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2023.12.13

植物の根の先端で繰り広げられる細胞の振る舞いから、成長の仕組みを紐解く

植物発生シグナル研究室・助教・郷 達明

要旨
植物の根は土壌の中を自在に成長して広がり、水分や栄養を効率よく吸収するとともに、地上部を支えます。この根の成長は、どのように制御されているのでしょうか?根が成長するためには、先端部での細胞の振る舞いが重要です。しかし、根の先端は成長に伴って移動するため、そこで行われる細胞の振る舞いを継続的に追跡することは困難でした。そこで、私達は根端を追尾する機能をもつ水平光軸型動体トラッキング顕微鏡を構築して、成長する根の先端で繰り広げられる様々な細胞の振る舞いを観察することに成功しました。本稿では、この新しい顕微鏡システムによる経時観察から明らかになった根端分裂組織における細胞の分裂と伸長の動態、および、根の先端を覆う根冠組織の剥離の仕組みについて紹介します。
主要関連論文
Goh T, Song Y, Yonekura T, Obushi N, Den Z, Imizu K, Tomizawa Y, Kondo Y, Miyashima S, Iwamoto Y, Inami M, Chen YW, Nakajima K. In-Depth Quantification of Cell Division and Elongation Dynamics at the Tip of Growing Arabidopsis Roots Using 4D Microscopy, AI-Assisted Image Processing and Data Sonification. Plant Cell Physiol. 2023 Oct 20:pcad105.
https://academic.oup.com/pcp/article/64/11/1262/7323573
Goh T, Sakamoto K, Wang P, Kozono S, Ueno K, Miyashima S, Toyokura K, Fukaki H, Kang BH, Nakajima K. Autophagy promotes organelle clearance and organized cell separation of living root cap cells in Arabidopsis thaliana. Development. 2022 Jun 15;149(11):dev200593.
https://journals.biologists.com/dev/article/149/11/dev200593/275720/Autophagy-promotes-organelle-clearance-and

1.はじめに

植物は一生を通じて、根や葉、花などの器官を作り続けます。この植物特有の成長様式は、環境に応じた形態形成を可能にし、移動することができない植物が生育環境に適応するために重要です。植物の器官の成長は、個々の細胞が変化し、その変化が積み重なることで実現されます。そのため、成長する過程で個々の細胞の振る舞いがどのように変化するのかを解析することは、植物の成長の仕組みを理解する上で重要です。モデル植物であるシロイヌナズナの根の先端は、透明かつシンプルな組織パターンを持つことから、植物の形態形成のモデルとして広く用いられ、植物の成長を司る基本的な原理の構築に大きな貢献を果たしてきました(図1)(1)。しかし、成長を続ける根の先端で、いつ、どこで細胞が分裂して伸長するのか、また、細胞の機能がどのように転換するのかといった個々の細胞の振る舞いの変化を経時的に観察することは、これまでの技術では困難でした。そこで、私たちは、成長する根の先端で繰り広げられる細胞の振る舞いを観察するための新たな顕微鏡システムを構築し、根の成長を駆動し、調整する仕組みの解明に取り組んでいます。

fig.1

図1.シロイヌナズナの根の成長と先端の構造
植物の根は発芽後も持続的に成長する(左)。この成長には根の先端部における細胞分裂、細胞伸長、細胞分化などの細胞の振る舞いが重要である(右)。

2.根の先端の細胞の振る舞いを観察するための顕微鏡システムの構築

植物の根は、重力方向を感知して自然と下向きに成長し、その成長とともに、根の先端は常に移動しています。一般的な顕微鏡は水平な観察ステージを持つために、水平方向に不自然な状態で成長する根しか観察することができません。そこで、成長する根の先端における細胞の振る舞いを自然に近い状態で経時的に観察するために、私達は新しい顕微鏡システムを構築しました(2, 3)。まず、顕微鏡全体を90度横に倒して架台に固定し、観察ステージに植物体を垂直に置くことができるようにしました(図2左)。これによって、重力方向に従って下方へ成長する根を観察することが可能になりました。さらに、根の伸長に伴って移動する根の先端を自動的に追尾する機能を導入しました(図2右)。「水平光軸型動体トラッキング顕微鏡」と名付けたこのシステムでは、最大で5日間に渡って、根の先端を追いかけながら、細胞の振る舞いを経時的に観察することが可能です(2, 3)。また、共焦点ユニットを搭載しており、さまざまな蛍光レポーターを使用することで、細胞の分裂や形態、細胞内の微細な構造、遺伝子発現などの成長する根の先端における様々な変化を観察することが可能です。

fig.2

図2.成長する根の先端における細胞の振る舞いを経時的に観察するための顕微鏡システム(水平光軸型動体トラッキング顕微鏡)
重力方向に従って下方に成長する根を観察するために、倒立顕微鏡を90°横に倒して設置している(左)。また、根の先端を追尾する機能により、数日間に渡って経時的に観察することが可能(右)。

3.根を成長させる細胞群の振る舞いをつぶさに計測し、成長の仕組みを紐解く

根の成長には、先端部の分裂領域における細胞の分裂と伸長の制御が重要な役割を果たしています(図1) (1)。シロイヌナズナの根は、外側から表皮、皮層、内皮、内鞘、維管束の細胞層が放射状に配置されたシンプルな構造をしています。このうち、皮層は8本の細胞列からなる単一の細胞層から成っており、分裂や伸長状態の評価によく用いられます(図1右)。この皮層細胞の核で特異的に赤色蛍光タンパク質を発現する形質転換植物を私達の顕微鏡システムで観察すると、分裂や伸長を続ける膨大な数の皮層細胞核の動態を捉えることができます。これらの個々の細胞核を精密に追跡して定量解析するために、立命館大学の陳延偉教授らとの共同研究で、深層学習により核の位置や分裂状態を自動的に識別し、細胞核の系譜を自動的に紐付けるプログラムを開発しました(図3)。画像のノイズなどのために完全な自動化は不可能だったため、研究者がデータを修正しやすいような工夫もしています。これにより、根の先端における皮層細胞の分裂、伸長、系譜を網羅した精密な定量データを得ることに成功しました(2)

その結果、シロイヌナズナの皮層では、細胞が根端部の狭い区画内で素早く5回連続して分裂することでその数を約30倍に増やし、これにより生み出された細胞集団が、根の基部側の区画で一斉に伸長することで根の成長を駆動していることが明らかとなりました(2)。また、皮層を構成する縦方向の細胞列の間で細胞分裂のタイミングが同調していない可能性が示され、計算機シミュレーションにより確認されました。興味深いことに、細胞分裂が細胞列間で同調していない状態でも、根自体はほぼまっすぐに伸長することが明らかとなりました。

fig.3

図3.根の皮層細胞の細胞分裂・細胞伸長・細胞系譜の定量解析
深層学習による細胞核の自動検出、および、個々の細胞核のトラッキングを実現し、細胞分裂、細胞伸長、細胞系譜を完全に網羅した定量データを得ることに成功した。

4.根の先端を保護する根冠細胞が周期的に剥がれ落ちる仕組み

根の先端は、根冠と呼ばれる層状の組織に覆われています(4)。根冠は分裂組織を保護するとともに、重力方向の感受など根の成長に重要な役割を果たしています。根冠では、最も内側の層で新しい細胞が作られ、最も外側の層で細胞が自発的に剥離することで、構成細胞が常に入れ替わっています。根冠細胞が剥離するまでの細胞の変化を詳細に観察したところ、剥離の直前に、細胞内の主要な自己分解システムであるオートファジー(5)に関わる膜小胞であるオートファゴソームが根冠の最外層特異的に形成されることが明らかになりました(図4右)。また、根冠の最外層細胞でオートファジーがタイミング良く活性化することで、液胞などの細胞内の構造を劇的に作り変えることが明らかになりました(3)(図4)。

さらに、オートファジーを制御するATG5遺伝子を欠損する変異体(atg5-1)の根冠では、根冠細胞間の接着が過剰に緩んでおり、野生型で見られるような層状の剥離ではなく、個々の細胞がバラバラに脱離していました。これらの結果から、オートファジーが根冠最外層の機能転換や剥離の準備期に特異的に活性化するようにプログラムされていること、また、オートファジーの活性化によって根冠細胞の内部構造の作り変えや、それに続く精密な剥離が制御されていることが明らかになりました(3)

fig.4

図4.剥離中のシロイヌナズナの根冠とオートファジーの活性化
シロイヌナズナの根冠は最外層が周期的に剥離する。このとき、細胞内の自己消化系であるオートファジーが最外層特異的に活性化して、細胞の精密な剥離に関与する。オートファゴソーム(オートファジーに関与する膜小胞)のマーカーであるGFP-ATG8aは根冠の内側では細胞質に局在するが、最外層ではオートファジーの活性化とともに、オートファゴソームに局在する(写真右)。

5.おわりに

このように私達は従来の静的な観察手法では見逃されていた、根の先端における細胞の振る舞いを経時的な観察から明らかにしてきました。これらの細胞の振る舞いは根の成長を制御する仕組みを解明するための重要な基盤となります。また、植物の成長は、栄養条件、水分、重力、機械刺激、微生物との相互作用といったさまざまな環境条件に応じて柔軟に変化します。この根の成長の変化も、個々の細胞の振る舞いを調節することで制御しています。今後は、様々な生育環境における細胞の振る舞いを比較するとともに、分子遺伝学的な解析を組み合わせることで、環境に応じて根の成長を調節する仕組みを明らかにしていきたいと考えています。

Goh Tatsuaki

著者

郷 達明 Researchmap

略歴

東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 博士後期課程を修了後、神戸大学 学術研究員、英国ノッティンガム大学 客員研究員、神戸大学 特命助教などを経て、2016年より現職。

  • 研究内容:
    個々の細胞の振る舞いに基づく植物の発生や環境応答の仕組みの解明
  • 抱負:少しでも時間をみつけて顕微鏡で細胞を観る
  • 関心ごと:スポーツの運動理論

植物発生シグナル研究室

郷 達明 NAIST Edge BIO, 0019. (2023)

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