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2023.02.01

植物の概日時計システムにおいて、根はどのような役割を持っているのか?

植物生理学研究室・博士研究員・上本 恭平

要旨
概日時計は一般には体内時計とも呼ばれており、植物を含む多くの生物は、約24時間周期のリズムを刻む概日時計を利用することで、日々くり返される環境変化を予測し、最適なタイミングで生体内の反応を進めています。植物では、葉や根といった部位ごとに概日時計が存在しており、お互いに時間の情報を伝えていることが知られていますが、その仕組みついてわかっていることはまだ少なく、意義についてもほとんど明らかになっていません。
私たちは、モデル植物であるシロイヌナズナを用いて、根から地上部に向けての新たな時間情報の伝達経路を明らかにしました。私たちは今回、異なる植物の地上部と根を接ぎ木することで、根の時計遺伝子PSEUDO-RESPONSE REGULATOR 7 (PRR7 )が、地上部の概日リズムの安定化に関わっていることを明らかにしました。さらに、カリウムイオン(K+)を欠いた条件でもprr7 変異体で見られたのと同様の概日リズムの不安定化が観察されたこと、PRR7がK+の取り込みもしくは輸送を制御していたことから、根のPRR7はK+の取り込み・輸送を制御することで、地上部の概日時計の安定性の維持に役立っていることが示唆されました。
植物の多くは移動できないため、自然界の激しい環境変動に曝され続けています。植物は比較的変動の少ない根の概日時計の情報を有効に利用することで、概日リズムを安定化しているのかもしれません。
主要関連論文
Kyohei Uemoto, Fumito Mori, Shota Yamauchi, Akane Kubota, Nozomu Takahashi, Haruki Egashira, Yumi Kunimoto, Takashi Araki, Atsushi Takemiya, Hiroshi Ito, Motomu Endo. (in press). Root PRR7 improves the accuracy of the shoot circadian clock through nutrient transport. Plant and Cell Physiology
DOI: 10.1093/pcp/pcad003

1.はじめに

地球は1日で一回転するため、昼と夜は交互におとずれます。また、地球は1年かけて太陽の周りを公転していますので、季節は1年で移り変わります。こうした周期的な環境変動は、「3日後の天気」などとは異なり、生物にとっては比較的予想しやすい変動です。こうした予測ができれば、先回りして最適なタイミングで生体内の反応を制御することが可能になり、概日時計を持たない生物よりも有利になると考えられます。

実際、植物を含めた多くの生物には約24時間のリズムを刻む概日時計が備わっていることが知られており、その仕組みはカビ、動物、植物などで少しずつ異なっているものの、大きくは、時計遺伝子の転写翻訳のフィードバックループ制御(お互いがお互いを制御し合う関係)で構成されています1)。こうした仕組みのおかげで、細胞は自律的にリズムを刻むことができます。しかし、多細胞生物は単なるひとつひとつの細胞の寄せ集めではありません。多細胞生物として成立するためには、細胞ごとに役割分担をし、互いにコミュニケーションを取る必要があります。それは概日時計も同じです。ひとつひとつの細胞が測る時間を組織や器官を超えてお互いに伝えあうことで、植物全体として統合された時間情報を持ち、これにより協調的な応答が可能になると考えられます。

しかし、植物において、こうした時間情報の長距離伝達に関する報告は少なく、植物がどのようにして時間情報を伝えあっているかについては不明な点が数多く残されていました。特に、地上部と根のような器官間の伝達については、地上部から根への時間情報伝達については報告されていたものの、根から地上部への時間情報伝達に関する報告はありませんでした。

2.根のPRR7が地上部での周期長を一定に保つ

これまでは、時計遺伝子のひとつであるPSEUDO-RESPONSE REGULATOR 7 (PRR7 )は糖応答性の遺伝子であることから、光合成によって地上部で合成された糖が根へと時間情報を伝達している可能性は指摘されていましたが、検証はされていませんでした2-4)。私たちはPRR7が確かに根において地上部から輸送された糖に応答し、根の概日リズムの調節に重要であること明らかにし、PRR7が根の時計機能において重要な役割を持つこと、糖が地上部から根への時間情報の伝達物質である可能性を見出しました5)

そこで、根のPRR7に着目し、根の概日時計が地上部の概日リズムに対してどの程度重要であるかを調べました。植物は、別個体であってもうまく操作することで接ぎ木が可能であり、野生型のち上部に対して、prr7 変異体またはPRR7過剰発現体の根を接ぎ木することで、根でのPRR7の発現量を変化させた植物個体を作出しました。地上部での概日リズムを測定してみると、野生型の根を接ぎ木したコントロールとなる植物と比べて、根のPRR7が無いprr7変異体や過剰であるPRR7過剰発現体のいずれにおいても、地上部の概日リズムが乱れており、周期長を一定に保つことが出来なくなっていることがわかりました。この結果は、根のPRR7が地上部の概日時計が一定の周期を刻む上で、重要なシグナルを制御している可能性を示唆しています(図1)。

fig.1

図1.根のPRR7は、地上部における概日時計の周期長を一定にする
(A) 今回の研究では、概日リズムを観測するために時計遺伝子LATE ELONGATED HYPOCOTYL (LHY )プロモーター領域に、ホタル由来のLUCIFERASE (LUC )遺伝子を繋ぎ合わせたキメラ遺伝子を導入した形質転換植物(LHYpro:LUC )を用いている。ルシフェリンを投与することで、LHY プロモーターの活性に比例した微弱な生物発光を観測することができる。地上部における概日リズムを測定するために、地上部をLHYpro:LUC 、根を野生型、prr7 変異体またはPRR7過剰発現体にした接木個体を作出し、それぞれの発光リズムを測定した。
(B, C) 根のPRR7 の発現量が変化すると、一定の周期を刻むことが出来なくなり、概日リズムの個体間でのズレが大きくなっていく。

3.根のPRR7はK+輸送の制御を介して、地上部の周期長を一定に保つ

次に、根のPRR7がどのような時間情報伝達物質の輸送を介して、地上部における周期長を安定化させているかを調べました。根から地上部に輸送される物質のうち、栄養素(陽イオン)は概日リズムを調節することが示されており、さらに陽イオンの輸送に関する遺伝子の多くは概日時計によって制御されています。このことから、私たちは根のPRR7が陽イオンの輸送を介して周期長を一定に保っているのではないかと考え、いくつかの陽イオンについて調べたところ、カリウムイオン(K+)の輸送が地上部の周期長を一定に保つ上で重要な役割を持つことを明らかにしました(図2)。

こうした結果から、根のPRR7がK+の輸送を制御することで、地上部の概日リズムの周期長を一定に保っている可能性が考えられました。そこで、実際にPRR7がK+の輸送を制御しているかを明らかにするため、道管液(根から吸収した水や栄養素が通る道管中の溶液)を採取し、イオン濃度を測定しました。その結果、野生型と比べて、prr7変異体およびPRR7過剰発現体で道管液中のK+濃度の時間変動が失われており、根のPRR7がK+輸送の制御に関わっている可能性が考えられました(図3)。

fig.2

図2.K+の輸送を阻害すると、概日リズムの周期が乱れてくる
LHYpro:LUC を通常の育成培地(K+が豊富に含まれる培地)とK+に乏しい培地(K+欠乏培地)で育成した場合の発光リズム。K+の輸送が阻害されると、接木実験でも観察されたように、植物の概日時計は一定の周期を刻むことが出来なくなり、概日リズムの個体間でのズレが大きくなっていく。

fig.3

図3.根のPRR7は、K+の輸送を制御することで、周期長を維持している
(A) 導管液中のK+濃度は、prr7 変異体やPRR7過剰発現体で変化している。
(B) これまでの結果をまとめると、根のPRR7がK+の輸送を制御し、地上部における概日時計の周期長を一定に維持していると考えられる。

4.おわりに

今回の研究では、地上部の概日リズムが一定の周期を維持するためには、根のPRR7が重要であることがわかりました。さらに、その分子メカニズムとして根のPRR7によるK+輸送制御を示唆することが出来ました。これは、これまで遺伝子間のフィードバックループやオルガネラ間のフィードバックループといった細胞内のフィードバックループループよりも遥かに大きなスケールでのフィードバックループの存在を示唆する結果であり、植物は細胞・組織・器官とさまざまなスケールで概日リズムを安定化させていると考えられます。もしかしたら、「植物個体同士が時間を教えあっている」といったこともあるかもしれません。

また、自然界において、地上部が受ける環境刺激(気温や湿度、日照の変化など)は変動が激しく、ノイズを多く含んでいます。一方で、土壌中の環境は比較的一定に保たれており、ノイズが小さいという特徴があります。植物は、環境ノイズに曝されるリスクの低い根の概日時計を有効に活用することで、概日時計の安定性を保っているのかもしれません。これは、よく使うパソコンとは別に安全な外部装置に大事なデータを保存するのに似ています。

今後、K+の輸送による概日リズムの安定化のより詳細な分子メカニズムを明らかにしていくことで、植物がどうやってリズムを生み出し・維持しているのかだけでなく、なぜそうしたリズムを使って何をしているのかまでもが明らかになると期待されます。

Kyohei Uemoto

著者

上本 恭平

略歴

2022年京都大学大学院生命科学研究科博士課程卒業,2023年学位認定見込み, 2022年より現職

植物生理学研究室

上本 恭平 NAIST Edge BIO, 0009. (2023)

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