各班別研究内容の概要
研究項目 A01 ―生存戦略研究―
研究課題名:環境変動に対する気孔開閉制御の分子機構
- 研究代表者
- 木下 俊則(名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所・教授)
- 連携研究者
- 高橋 宏二(名古屋大学大学院理学研究科・助教)
植物の表皮に存在する気孔は、太陽光、特にシグナルとして作用する青色光域の光に応答して開口し、植物と大気間のガス交換を促進し、乾燥ストレスに曝されると、植物ホルモン・アブシジン酸に応答して閉鎖し、植物体からの水分損失を防いでいる。植物の遭遇する多くの環境変動に気孔が応答できるのは、気孔を構成する一対の孔辺細胞の働きによってであり、孔辺細胞は環境情報の受容と応答能を最も発達させた細胞の一つである。根を張って生活する植物にとって、環境情報を受容し、適切に応答するか否かは死活に関わる問題であり、孔辺細胞には植物の環境突破に必須の特質が備わっている。
本研究では、気孔孔辺細胞を用いた生理・生化学的解析や新奇の気孔開度変異体の解析を進めることによって、青色光による気孔開口およびアブシジン酸による気孔閉鎖のシグナル伝達の分子機構を明らかにする。また、以上の研究成果に基づき、気孔開度を人為的に調節した植物体の作出を進め、様々な環境条件下での植物の生育に対する影響を調べ、植物の環境突破における気孔の役割を明確にする。
研究課題名:乾燥ストレスに対する植物の生存戦略の分子機構
- 研究代表者
- 篠崎 和子(東京大学大学院農学生命科学研究科・教授)
- 研究分担者
- 溝井 順哉(東京大学大学院農学生命科学研究科・特任助教)
城所 聡(東京大学大学院農学生命科学研究科・特任研究員)
城所 聡(東京大学大学院農学生命科学研究科・特任研究員)
地球温暖化が進む今日、干ばつや高温などによる作物の被害が増大している。このため、乾燥や高温ストレスに対する植物の応答や耐性の獲得機構の解明は、重要な課題となっている。本研究では、乾燥と高温ストレスによって誘導される遺伝子発現制御ネットワークを明らかにすることにより、これらの環境ストレスに対する植物の突破力を分子レベルで解明することを目的とする。乾燥や高温ストレス応答で働く転写因子群の遺伝子は、これらのストレスによってその発現が誘導されるとともに、タンパク質の安定化などによる活性化機構が関与することを明らかにしてきた。そこで、本研究ではこれらの転写因子の安定化とリン酸化などによる翻訳後修飾との関連性について解析する。また、これらの転写因子と相互作用するタンパク質群などを同定して活性化機構の全容を明らかにする。さらに、領域内の研究者と協力することで、他の環境ストレスに対する応答機構や成長制御機構とのクロストークについて解析を行う。
研究課題名:栄養応答における新規転写後制御機構の解明
- 研究代表者
- 内藤 哲(北海道大学大学院農学研究院・教授)
様々な環境条件下で植物が持続的に成長するためには、環境変動に対して細胞内恒常性を厳密に維持する機構が必要不可欠である。そのためには細胞内環境を機敏に感知し、それを即座に代謝調節に反映させる分子メカニズムが用意されていなければならない。本研究では、固着生活を営む植物が発達させているユニークな代謝調節機構を解明することにより、環境変動に対する植物の突破力を細胞内環境の維持機構の観点から理解することを目指して研究を行う。
植物細胞の遊離メチオニンは硫黄栄養の多寡によらず一定に保たれる。内藤は、メチオニン生合成の鍵段階を触媒するシスタチオニン γ-シンターゼ(CGS)をコードする CGS1 遺伝子の発現が、CGS1 mRNA の分解段階でフィードバック制御されることを明らかにしている。この制御には CGS1 自身がコードする新生ペプチドがシスに機能し、メチオニンの代謝産物である S -アデノシルメチオニン(SAM)に応答した翻訳停止が引き金となって CGS1 mRNA の分解が促進される。本研究では、新生ペプチドによる翻訳停止と mRNA 分解の分子機構を明らかにするとともに、ストレス応答に関連した遺伝子に敷衍した研究を行い、ストレス応答における新規転写後制御を探る。
研究課題名:劣悪化する土壌環境に適応するための植物の知恵
- 研究代表者
- 馬 建鋒(岡山大学資源植物科学研究所・教授)
- 研究分担者
- 藤原 徹(東京大学大学院農学生命科学研究科・教授)
山地 直樹(岡山大学資源植物科学研究所・助教)
山地 直樹(岡山大学資源植物科学研究所・助教)
酸性土壌は世界の耕地面積の4割を占める典型的な問題土壌である。酸性土壌で作物の生育阻害因子となっているのはアルミニウムやマンガン毒性、ケイ素、カルシウム、マグネシウム、ホウ素などの欠乏がある。本研究では酸性土壌ストレスに対する植物の耐性分子機構を包括的に明らかにすることを目的とする。酸性土壌で見られるミネラルストレス耐性に関わる遺伝子をイネやシロイヌナズナ等から単離し、その機能を解明する。またこれらのミネラルの植物体内における輸送・分配システムを解明する。さらにアルミニウム毒性やケイ素欠乏に対するシグナル伝達経路や遺伝子発現制御機構を明らかにする。「成長戦略」「数理モデリング」の研究班と共同し、酸性土壌ストレスにおける耐性と成長力の両面から研究を進め、複合的な耐性機構や耐性と成長のバランスを理解するためのモデル化や、複合ストレス耐性に向けたピラミッディングも行う。
研究課題名:窒素飢餓環境に対するイネの生存戦略
- 研究代表者
- 山谷 知行(東北大学大学院農学研究科・教授)
- 研究分担者
- 草野 都(理化学研究所環境資源科学研究センター・研究員)
- 連携研究者
- 早川 俊彦(東北大学大学院農学研究科・准教授)
小島 創一(東北大学大学院農学研究科・助教)
小島 創一(東北大学大学院農学研究科・助教)
還元状態の水田で成育するイネは、最も還元が進んだ無機窒素である NH4+ を主要な窒素源として利用する。窒素はイネにとって最も不足する元素であるとともに、直接イネのバイオマスや収量を規定するが、 NH4+ の欠乏や適正状態の感知や、その後の同化代謝に関わる分子実体はほとんど明らかにされていない。そこで本研究では、窒素栄養環境の観点からイネの生存戦略を解明し、特に窒素飢餓に対するイネの環境突破力を理解することを目指して研究を行う。具体的には、 NH4+ の情報伝達に関わるグルタミン情報を受容する機能をもつことが期待されるACR・ACTPKタンパク質の機能解明を進める。同時に、窒素飢餓環境下でイネ根の伸長と窒素吸収を促進する機構や、窒素適正条件下で根の伸長を抑制し地上部の成育を促進する機構を解明する。また、窒素環境に応答する NH4+ 輸送担体や窒素同化系酵素の機能を、各遺伝子破壊変異体とシシテムズ植物学的手法を用いて解明する。