研究背景
寄生植物とは?
▲図1 寄生植物
左からストライガ(Striga hermonthica)、ヤセウツボ(Orobanche minor)、ヤドリギ(Viscum album)
寄生植物は「吸器」と呼ばれる寄生器官を作って他の植物の組織に入り込み、栄養分を吸収して成長する植物で、全被子植物の約1%を占める4500種ほど存在します。寄生の度合いは植物種によって異なり、寄生しなくても生きられる条件的寄生植物、寄生して宿主から栄養をもらえないと生きられない絶対寄生植物がいます。条件的寄生植物は、見かけ上は普通の植物とほとんど変わらず、緑の葉っぱを持ち光合成をすることができます。一方絶対寄生植物には、光合成能を失って葉や根が退化したものも多く、とても奇妙な姿をした植物が見られます。光合成能を維持している植物を半寄生植物、光合成能を失った植物を全寄生植物と呼びます。また、宿主植物の地上部に寄生する植物を茎寄生植物、根に寄生する植物を根寄生植物と呼びます。
ハマウツボ科植物
▲図2 ハマウツボ科寄生植物とその進化
寄生植物は被子植物の進化の過程で11-12回の独立した進化によって生じたと考えられています。シソ目に属するハマウツボ科は最も多くの寄生植物属を有しており、Lindenbergia属を除いた全ての種が寄生植物です。宿主の根に寄生する根寄生植物で、条件的寄生から絶対半寄生、絶対全寄生まで寄生の程度の異なる種を含んでいるため、進化的研究に適した材料です。
ストライガやオロバンキなどのハマウツボ科絶対寄生植物は、穀物や野菜に寄生して宿主植物にダメージを与えるため、世界的な農業雑草として問題になっています。しかし、種子が非常に小さく繁殖力が高いことから、これらの寄生雑草を根絶させるのは大変困難です。
ストライガやオロバンキはその特殊な発芽機構でも知られており、発芽に宿主植物から分泌されたストリゴラクトンを必要とします。ストリゴラクトンは、寄生植物の発芽誘導以外にも、相利共生菌である菌根菌の活性化や植物の成長に作用する植物ホルモンとして知られています。同じハマウツボ科でも条件的寄生植物は発芽にストリゴラクトンを必要としないため、発芽時のストリゴラクトン要求性は、条件的寄生植物が絶対寄生植物に進化する過程で獲得されたものであると考えられます。
私たちの研究室では、ハマウツボ科の絶対寄生植物ストライガと、条件的寄生植物コシオガマを用いて、寄生の分子メカニズムの解明を目指しています。分子遺伝学、細胞生物学、ゲノム科学的手法を用いて寄生の進化の謎に迫り、寄生雑草による農業問題の解決策を探りたいと考えています。
研究内容
1) 寄生器官「吸器」はどうやってできるのか?
▲図3 コシオガマの吸器
宿主植物の根に近づいた寄生植物は、自身の根に吸器を発達させ、宿主の根に侵入し、導管をつなげて宿主から水や栄養を奪います( 図2 )。吸器は寄生植物が独自に進化させた器官で、絶対寄生植物は主根の先端を、条件的寄生植物は根の側部の細胞を分化させることによって形成されます。私達は、条件的寄生植物でコシオガマの変異体ラインを整備し、吸器形成に異常がある変異体を単離しました。次世代シーケンサーを用いて変異体ゲノムを解析することによって、変異体原因遺伝子を同定し、その遺伝子の機能解析をおこなっています。また、ストライガとコシオガマのトランスクリプトームから、吸器形成時に発現する遺伝子を単離し、逆遺伝学的な手法から吸器形成に関わる遺伝子の単離を目指しています。
2)寄生植物の吸器誘導物質の探索
▲図4 宿主とストライガの根圏におけるケミカルコミュニケーション
寄生植物は宿主植物から分泌された低分子化合物を認識して寄生を成立させます。絶対寄生植物ストライガは、植物の枝分かれ制御や相利共生菌の活性化をする植物ホルモン・ストリゴラクトンを認識し発芽します。一方で、吸器の形成は、植物の細胞壁成分の酸化によって生じるキノンであるDMBQ(2,6-dimethoxy-p-benzoquinone)によって誘導されることが知られています。しかし、DMBQがどのように生産され、どのように受容されるのかについてはほとんど分かっていません。また、DMBQ以外にも吸器を誘導できる化合物が知られており、宿主から分泌される吸器誘導物質の実態は明らかではありません。DMBQに応答しない変異体の解析やケミカルジェネティクスの手法を用いて、吸器誘導物質の実態を明らかにします。
3)寄生植物ゲノムはどう進化したか?
▲図5 宿主(イネ科植物)からストライガへの遺伝子の水平伝播
近年の次世代シーケンス技術革新をうけて、植物ゲノムの解読はより身近なものになってきました。私達は、ストライガとコシオガマの全ゲノムシーケンスをおこない、寄生植物ゲノムの特徴を調べました。寄生植物は水平伝播によって宿主から遺伝子をもらっていること、ストリゴラクトン受容体遺伝子が重複していることなど、様々なことが分かってきました。どうやって植物は新しい遺伝子を得て、増やし、新しい形質を獲得するのか?アフリカの野外で生えているストライガのゲノムはどうなっている?バイオインフォマティクスを用いてゲノムの変遷を解析します。