研究プロジェクト
1. DNA倍加の誘導機構
植物器官を巨大化させる試みは、これまで様々な手法を使って行われてきました。しかし、細胞数を増やすと一つ一つの細胞が小さくなる、逆に一つ一つの細胞を大きくすると細胞数が減る、といった現象が観察され、現在でも決定的な手法は見つかっていません。そこで、私達はDNA倍加という現象に着目して、その分子機構からヒントを得て、植物器官の巨大化、ひいては食糧・バイオマスの増産を実現しようとしています。
DNA倍加は、細胞周期のM期をスキップしたサイクルが回ることにより、S期(DNA複製)のみを繰り返す現象です。DNA倍加が起こると、一つの細胞の中でゲノムDNA量が倍々に増えていきますが、同時に細胞が大きくなり、組織・器官も巨大化することが知られています。植物の発生過程の中では、細胞分裂を終えた後にDNA倍加が起こることがほとんどなので、細胞周期のG2期からM期への進行が阻害されるとM期をスキップしたDNA倍加が始まると考えられてきました。ところが、私達の研究で、G2/M期の進行阻害だけではDNA倍加の誘導に不十分であり、G2期でクロマチンが緩むことが重要であることがわかってきました。私達は、この「G2期でのクロマチンの緩み」を制御するヒストン修飾酵素を同定し、機能解析を進めています。クロマチンが緩むとなぜDNA倍加が誘導されるのかなど、まだわからないことはたくさんありますが、その分子機構が明らかになれば、クロマチン構造制御を介した細胞周期制御系を新たに見出すことができます。また、クロマチン構造を変化させる新規化合物を同定することで、DNA倍加誘導により植物生産を飛躍的に上げる技術開発につなげることができると考えています。
2. 環境ストレスに応答した細胞増殖の統御機構
植物は動くことができないため、外部環境から常に様々なストレスを受けています。ストレスに曝されると器官成長が抑えられますが、これはストレス下で生育しづらくなったのが原因ではなく、植物自らが成長を抑制して、エネルギー消費を抑えようとしているからです。しかし、このような植物成長を積極的に抑制するメカニズムの実体は、これまでほとんど解明されてきませんでした。私達は最近、DNA損傷や高温などのストレスに応答して細胞分裂を停止させるシグナル経路を見出しました。これらのストレスに曝されると、植物はANAC044, ANAC085と呼ばれる転写因子を誘導し、それらがさらに別の転写因子MYB3R3, MYB3R5をタンパク質レベルで安定化させます。すると、MYB3R3/5が細胞周期のG2/M期の進行に必要な遺伝子の発現を抑制し、G2期停止をもたらすことが明らかになりました。これは、ANAC044/085が環境ストレスのシグナルを受容し、MYB3R3/5とともに植物成長を抑制する一種のモジュールとして機能することを意味しています。
しかし、まだわからないことがたくさん残されています。例えば、ANAC044/085はどのようにMYB3R3/5を安定化させているのか、ANAC044/085の活性発現に必要な因子は何か、などです。私達はこのような疑問を解決することにより、ストレスに応答した細胞周期停止機構の全貌を解明しようとしています。また、イネのような作物でこのモジュールを抑制することにより、様々な環境ストレスに曝されても成長を止めない、スーパーストレス耐性植物を作出できると考え、研究を進めています。
3. 植物の幹細胞の増殖・維持機構
植物は種子を介して繁殖するだけでなく、個体を大きくして、旺盛に繁茂する性質をもっています。このような生存戦略が成り立つのは、器官形成の元となる幹細胞が一生を通じて体内で増え続け、維持されるからです。動物では多能性をもつ幹細胞は受精後間もなく消滅してしまいますが、植物ではそれがずっと維持されるのです。私達は根端に存在する幹細胞に着目して、その数を維持する制御機構について明らかにしようとしています。まず、根冠のコルメラ幹細胞を一定数維持する機構として、CDKインヒビター遺伝子の発現抑制による幹細胞性の維持機構が重要であると考え、その分子メカニズムの解析を行っています。また、DNA損傷のようなストレスに曝された際に、幹細胞が再生するプロセスについても研究しています。幹細胞はDNA損傷に受けると細胞死を起こしますが、同時に隣の細胞(根端の場合はQC細胞)が分裂を開始して新たな幹細胞を生み出すため、幹細胞が再生されます。この過程では、オーキシンやブラシノステロイドといった植物ホルモンが重要な役割を果たすことがわかってきたので、現在その作用機作について解析を進めています。
幹細胞を長期にわたって保持する上で、ゲノム恒常性の維持機構も非常に大切です。幹細胞に突然変異が蓄積すると、多くの生殖細胞にも変異が受け継がれてしまうからです。これまでの解析から、私達は、植物ホルモンによるクロマチン構造制御がゲノム恒常性の維持に重要な役割をもつと考えています。そこで、幹細胞で働くクロマチン構造制御因子を同定し、植物ホルモンによる活性制御機構と分子機能の解析を進めています。この研究は、文部科学省の新学術領域研究「植物の生命力を支える多能性幹細胞の基盤原理」(領域代表:梅田正明)において、1細胞解析などの最先端技術も取り入れながら推進しています。