環境応答と記憶・忘却の制御機構

環境応答と記憶・忘却の制御機構

花成制御

動植物において、自らを取り巻く環境状況を感知し、応答する機構は非常に重要です。特に、外界の温度を感知して、適切な応答をすることは生命活動を行う上で欠かせません。私達は植物が気候変動をどのように記憶し、そして忘れていくのかという問いに取り組んでいます。植物の記憶装置としてのエピジェネティック状態に着目し、環境変動からの時間軸に沿った記憶定着と忘却機構の普遍的な分子基盤を明らかにします。
多くの植物は春に花を咲かせますが、それには数週間から数ヶ月の冬に当たる低温を経験することが必要であると知られています。春になり花形成が誘導される「春化」現象では、植物が長期低温という環境情報を記憶しており、そこにはクロマチンの構造変化や鍵となる遺伝子をとりまくヒストンの化学修飾が作用しています(図, Whittaker and Dean, Annu Rev Cell Dev Biol 33:555, 2017)。春化における長い寒さの記憶は、通常生育下ではヒストン修飾の変化として安定的にその後も維持される一方、春化直後の一過的な高温処理により消去されることが知られています。この「脱春化」の現象は70年以上前に報告されており(Purvis & Gregory, Nature 155:113, 1945)、葉や根を食用とするタマネギやダイコンなどの栽培現場では、実際に花成を抑える目的の高温処理がなされていますが、その分子基盤は未解明のままです。私たちは、分子遺伝学や最新のケミカルバイオロジーを駆使することで、「脱春化」の機構を解明し、農作物の花形成を自由にコントロール出来るようになることを目指しています。

高温順化

また、私達は植物のもう一つ別の環境温度記憶として、高温順化(Heat Acclimation)という現象に注目し、植物が厳しい環境温度に応答する際の、分子メカニズムの解明を目指しています。高温順化とは、事前に中程度の高温を経験しておくと、本来生存不可能な強い高温ストレスに対して、生存が可能になるという現象です。植物は“脳”のような情報集積器官を持たないため、順高温経験をどのような作用機構で記憶し、高温ストレス条件下で活用しているのかは謎に包まれています。現在私達は、エピジェネティックな遺伝子発現制御に着目して、植物が順高温を記憶しているのではないかと予想し、ヒストンの修飾状態を制御する因子に注目して、「植物が、どのようして、どのくらいの期間、高温経験を記憶しているのか」の解析に取り組んでいます。

植物は動物のように移動することができないため、周りの環境変化を感知し、遺伝子の発現や形態を大きく変化させる事が知られています。これらの応答にはヒストン修飾機構が重要な働きをしている事が明らかとなってきました。近年、我々はヒストン修飾機構が植物の記憶を形成し、その記憶を次世代へ継承するメカニズムに関与している事を発見しました。
現在、我々は通常条件では矮小化する変異体を用いて、光の環境条件を変化させる事で、次世代へ記憶が継承され、遺伝子発現や形態が大きく変化する事を見い出し解明に取り組んでいます。

光の環境変化による形質・遺伝子発現の変化そして経世代的な記憶