2026.06.01
低品質PETごみを処理する昆虫プラットフォームの構築
環境微生物学研究室・客員助教・佐貫理佳子
- 要旨
-
汚れや異物が混入した低品質PETごみは、再資源化が難しい場合があります。そこで本研究では、PET分解酵素PETaseを昆虫に発現させることで、PETごみを前処理なしで分解可能なプラットフォームの構築を試みました。宿主として、遺伝子操作が容易で、消化管の一部がPETaseの働きやすいアルカリ環境をもつショウジョウバエを用いました。PETaseを発現するショウジョウバエは、水溶性PET共重合体の分解に加え、固体PETフィルムの表面分解にも寄与しました。これらの結果は、昆虫をPETase供給の生物プラットフォームとして利用することで、低品質PET廃棄物に対する新しい処理法につながる可能性を示しています。
- 主要関連論文
- Rikako Sanuki, Hatsune Minami, Emi Kawano, Keita Katsuma, Toshiyuki Takano-Shimizu-Kouno & Shosuke Yoshida.
“Polyethylene terephthalate degradation by Drosophila melanogaster through heterologous expression of glycosylated polyethylene terephthalate hydrolase (PETase)”Communications Sustainability. Volume 1, Article number: 36 (2026) doi: 10.1038/s44458-026-00047-5
1. はじめに
プラスチック容器は、軽くて丈夫で使いやすく、私たちの暮らしに欠かせない便利な素材です。その一方で、環境中に流出すると分解されないために、深刻な環境問題の一因にもなっています。ポリエチレンテレフタラート(PET)は、比較的リサイクルしやすいプラスチックとして広く利用されていますが、それでもなお多くのPETが環境中に残されています。特に、きれいに分別されたPETは再資源化しやすい一方で、汚れや異物が混ざった低品質PETごみは、従来の方法では再資源化が難しい場合があります。PETaseはPETを分解する酵素で、Ideonella sakaiensis(現、Piscinibacter sakaiensis)から発見されました。この酵素を使うことで、これまで処理が難しかった低品質PET廃棄物にも新しい対応法が生まれる可能性があります。
2. 昆虫を用いたPET分解系の開発
私たちは、昆虫をPET分解のための新しい生物プラットフォームとして利用できるのではないかと考えました。自然界において昆虫は、葉や木の枝などの有機物をかみ砕き、分解の過程を支える存在です。また、高度な免疫系を備えるため、様々な環境下における生存能力が高いという特徴があります。一方で、多くの昆虫は高分子を分解する酵素を自前では十分にもたず、微生物との共生に頼ることも知られています。本研究ではその発想を一歩進め、昆虫そのものにPETaseを発現させて分泌させることで、PET分解に利用できるかどうかを検証しました。
そのために、私たちがモデルとして選んだのがショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)です。ショウジョウバエを選んだ理由は明確です。まず、ショウジョウバエは発生学、免疫学、遺伝学の分野で長く使われてきた代表的なモデル生物であり、遺伝子操作のための技術が非常に充実しています。そのため、PETaseを「どこで」「どのように」分泌させるかを設計し、概念実証を行う宿主として、ショウジョウバエは極めて適した材料でした。また、ショウジョウバエにはPET分解の観点からも利点がありました。私たちはまず幼虫の消化管内のpHを調べ、その一部、とくに後部中腸が中性からアルカリ性であることを確認しました(図1a)。PETaseはアルカリ性側で活性を示しやすいため、この環境は酵素の働きにとって有利です。そこで、GAL4-UASシステムを用いて、PETaseを分泌するショウジョウバエを作製しました(図1b)。PETaseを後部中腸で分泌でき、さらには酵素を昆虫体内にとどめるのではなく、唾液や排泄物を通じて周囲にも供給できる設計を可能とするGAL4系統を選びました(図1cとd)。こうして、遺伝子工学的にPETaseを分泌可能なショウジョウバエを作製しました(図1bとe)。
図1. ショウジョウバエ消化管のpHとPETase発現ショウジョウバエの作製 (a)ブロモチモールブルーを添加した餌を与えてショウジョウバエの幼虫の消化管のpHを調べた。特にpm(posterior midgut, 後部中腸)が中性〜アルカリ性で、PETaseに指摘であることが分かった。(b)GAL4-UASシステムによる、PETase発現ショウジョウバエの作製方法。(cとd)後部中腸や唾液腺で遺伝子を発現できるGAL4系統として、NP1502を選んだ。NP1052系統によって遺伝子発現が可能な領域にEGFPが発現している。 (e) PETaseを発現しているかどうかを確認するためにウエスタンブロッティングを行い、PETaseを検出した。
PETaseを発現するショウジョウバエでは、水溶性PET共重合体を含む餌を与えたとき、幼虫体内からPET分解産物であるテレフタル酸が検出され、飼育培地中でも時間とともに分解産物が増加しました。これは、ショウジョウバエが体内でPETを処理している可能性と同時に、周囲の培地中PETの分解にも寄与しうることを示しています。さらに、PETフィルムを培地に入れて、PET発現ショウジョウバエを複数世代にわたり飼育したところ(図2a)、PETase発現ショウジョウバエの系では表面侵食が進みました(図2b)。とくに、培地中の酸を中和してアルカリ性を保ちやすくするために炭酸カルシウムを加えた条件では、その傾向がより顕著になりました。
図2.ショウジョウバエプラットホームによるPETの分解(a)飼育瓶にPETフィルムと入れ、PETase発現ショウジョウバエを継代飼育した。(b)継代飼育後のPETフィルムの様子。ショウジョウバエによって分泌されたPETaseは、炭酸カルシウム(CaCO3)存在下でPETフィルムの表面を分解した。
3. 真核生物由来PETaseの特徴
ショウジョウバエを使ったことで、昆虫細胞から分泌されるPETaseの特徴も見えてきました。ショウジョウバエ由来のPETaseは糖鎖修飾を受けており(図3a)、短期的な分解活性はやや低い一方で、長期的な安定性が高いことが分かりました。脱糖鎖型は初期にはよく働くものの、その後に活性が落ちやすかったのに対し、ショウジョウバエ由来PETaseはゆるやかでも長く分解を続けました(図3b)。ちなみに、ヒトの細胞にも作らせてみましたが、糖鎖修飾が複雑で、PET分解には適していないことが分かりました。
図3. ショウジョウバエ分泌PETaseの特徴(a)ショウジョウバエが分泌するPETase(Dm)は糖鎖修飾を受けており、糖鎖除去処理を行うと(Dm(deG))、ウエスタンブロッティングで検出される見かけの分子量が小さくなった。一方で、大腸菌で作製したPETase(Ec)は想定分子量で検出されており、糖鎖修飾されていないと考えられる。(b)25℃では、EcPETaseは初期分解が速い一方、DmPETaseはゆるやかに長く分解を続けた。Dmの糖鎖を除去すると(Dm(deG))初期活性は上がったが、長期的な持続性は低下した。したがって、糖鎖修飾はPETaseの長期安定性に重要であると考えられる。
4. おわりに
本研究はあくまで概念実証ですが、ショウジョウバエを用いることで、昆虫をPETase供給の生物プラットフォームとして利用するという発想が実際に成り立つことを示すことができました。また、本研究からは多くの課題も明らかになりました。今後さらに研究を進めることで、将来的には低品質PET廃棄物に対する新しい処理法につながる可能性があります。また、環境中のマイクロプラスチックの問題も、昆虫プラットフォームの利用で改善する可能性があります。
本研究を進めるにあたり、京都工芸繊維大学ショウジョウバエ遺伝資源部門の高野敏行教授をはじめ、Kyoto Stock Center (DGRC)の皆様にご協力をいただきました。この場をお借りし厚く御礼申し上げます。
参考文献
佐貫 理佳子 NAIST Edge BIO, 0037. (2026)
