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2022.09.01

植物細胞の脱分化を問い直す

植物再生学研究室・特任准教授・池内桃子

要旨
植物の高い再生能力を支えているのは、傷害刺激やホルモン投与によって形成されるカルスです。カルス形成は細胞脱分化現象の代表例として捉えられてきましたが、近年の研究によって細胞脱分化を伴う場合とそうでない場合があることが見えてきました。具体的には、シロイヌナズナの組織片をカルス誘導培地で培養した際に形成されるカルスは、幹細胞的な性質を持つ細胞に起源していること、また形成されるカルスは無秩序な細胞塊ではなくて根に類似した構造であることが判明しました。その一方で、ヒストンメチル化酵素の機能が欠損した突然変異体では、高度に分化した体細胞が脱分化してカルス形成や体性胚形成を行う表現型を示すことを筆者らは見出しました。正常な遺伝子を持つ植物でも、種によっては高度に分化した細胞が脱分化を経て新たな器官を生み出す例もあります。本稿では、植物細胞の脱分化をめぐる近年の研究を概観します。

1.はじめに

植物では体細胞が容易に初期化し万能細胞を作ることができる--- 奈良先端大においてiPS 構想を温めていた山中伸弥博士を勇気づけたのが、島本功教授が紹介した植物のカルスの例であるというのは有名な逸話です。しかし、カルス化に際して植物細胞は本当に初期化、すなわち脱分化しているのでしょうか?本稿では、植物細胞の脱分化現象に焦点を当てて、研究の歴史を概説するとともに将来展望を解説します。

2.カルス形成は脱分化なのか?

植物は器官の切断刺激やホルモン刺激に応じて細胞分裂を活性化させ、細胞塊であるカルスを形成します。挿し木では、傷口にできたカルスから根や茎葉を再生することで、個体全体を再構築することができます。また、高校の教科書などで紹介されている器官再生の例は、茎・葉・根などの組織片を無菌的に培養する組織培養系です。組織片を、オーキシン・サイトカイニンを含む培地で培養することによって、カルス形成を経て個体の再生が起こります。組織培養系は1957年にSkoog & Miller によって初めて報告されて以来、多くの植物種において遺伝子組み換え体の作出やクローン増殖など、農業や園芸の様々な応用例に広く用いられてきました。長らく、組織培養を経てカルスを作る段階が「脱分化」、カルスから新たな器官を作る段階が「再分化」と呼ばれてきました。ここで簡単に細胞分化の概念をおさらいしましょう。Waddington Landscape (Figure 1a) で概念的に示されているように、分化全能性を持つ受精卵を出発点として個体発生が始まり、「ボールが分岐した坂道を転がり落ちるように」不可逆的に特定の構造や機能を持った細胞になっていくプロセスのことを細胞分化といいます。カルス化はこうした通常の発生過程とは違うことが起こっている現象なのですが、カルスが様々な器官を生み出せる多能性を持った細胞塊であることから、カルスは脱分化した、いわゆる何の細胞でもないまっさらな状態であると捉えられてきました。カルスは無秩序にモコモコと分裂している細胞集団であると考えられており、それが特定のホルモン条件下で器官を生み出す再分化過程を経て新たな器官を作るというのが通説となっていました。

ところが、2010年および2011年にカリフォルニア工科大学Meyerowitz 教授らのグループがカルス形成は脱分化ではない、という論文を発表し大きな話題を呼びました(Sugimoto et al., 2010, Sugimoto et al., 2011)。2012年に横浜で開催された国際シロイヌナズナミーティング(ICAR)におけるMeyerowitz 教授の講演と白熱した議論は、筆者の記憶にも刻まれています。彼らの主張はこうです:「カルスは無秩序な細胞塊ではなく、通常の個体発生において形成される側根という器官のように秩序立った層構造をとっている。カルスは木部に接する内鞘細胞という幹細胞的な性質を持つ細胞に起源しており、カルス形成は脱分化ではなくむしろ分化のプロセスである」という内容でした(Figure 1 b, c)。カルスは脱分化したまっさらな細胞ではなくて本当は根だったのか?植物細胞は脱分化できるのか?これまでの常識を覆すような主張に、植物細胞の性質を問い直すような論争が沸き立った瞬間でした。

fig.1

Figure 1.植物細胞の脱分化とカルス形成。
(a) Waddington landscape とよばれる細胞分化の概念図。個体発生において、分化多能性を持っていた受精卵が分裂しながら徐々に分化運命が決定されていく様子を、ボールが分岐した坂道を転がる様子にたとえている。Waddington (1957) より改変。
(b) シロイヌナズナの組織片をカルス誘導培地(CIM)で培養したときに起こる現象
(c) は、分化細胞の脱分化ではなく、幹細胞的な性質を持つ内鞘細胞が活性化されて根の原基を生み出す現象に類似している。
(d) PRC2変異体の根毛から形成されるカルスと体性胚
(e) は、最終分化細胞が脱分化して形成されたものである。

3.脱分化を誘導する転写因子の発見

時を同じくして、理化学研究所の岩瀬哲研究員・杉本慶子チームリーダーらは細胞の脱分化を引き起こす転写因子を発見し、WOUND INDUCED DEDIFFERENTIATION 1-4 (WIND1-4) と名付けました(Iwase et al., 2011)。WIND 遺伝子群は、切断刺激などのストレスに応答して発現します。傷口にカルスを形成して塞いだり、新しい芽を生み出したり、切れてしまった維管束組織をつなげるなど多様な生理機能を担う重要な制御因子であることが現在では明らかになっています(Iwase et al., 2017; Iwase et al., 2021)。また、筆者らが最近発見したWUSCHEL- RELATED HOMEOBOX 13 (WOX13) 遺伝子は、カルスの成長を促進するとともに、接ぎ木における器官接着に必要不可欠な因子であることも分かりました(Ikeuchi et al. 2022)。

さらに、傷口に形成されるカルスは、組織構造や関与する遺伝子など様々な点において、側根原基とは明確に違うことも分かりました。つまり、特定のカルスに関してMeyerowitz 教授らの主張は正しかったものの、多様なカルス一般に適用できる主張ではなかった、ということです。では、脱分化についてはどうでしょうか。WIND 遺伝子を傷ついていない植物体全体で発現させる実験を行うと、カルスはおもに分裂組織や発生中の若い器官など比較的未分化な細胞からできているようでした。また、傷口にカルスを形成する際にも、やはり内鞘細胞や維管束細胞など、特定の細胞種が分裂してカルスを生み出します(Ikeuchi et al., 2017)。どんな細胞でも初期化できるわけではないのでしょうか。

4.最終分化細胞からの脱分化現象

2012年に杉本チームにポスドク研究員として加わった筆者は、興味深い表現型を示す突然変異体の解析に乗り出しました。それは、根毛細胞という最終分化した細胞からカルスができるという表現型です。根毛細胞とは、特殊化した形態と生理機能を備えた根の表皮細胞です。根毛細胞の形成過程では細胞質分裂を行わずにDNA だけを倍加する「核内倍加」という特殊な細胞周期を経ているため、巨大な核を持っています。核内倍加を経験した細胞は、不可逆的に分化した細胞であり、二度と細胞分裂を行うことはないと広く認識されていました。根毛細胞は、最も初期化しづらい細胞種のひとつ、といっても過言ではありません。ところが、ポリコーム抑制複合体2(PRC2)というヒストンメチル化酵素の機能が損なわれた突然変異体では、よりによってその根毛細胞からカルスができているようでした。これは驚くべき発見でした。しかし、根毛細胞が分化を完了してから初期化しているのか、それとも、分化せずに分裂を開始しているのか、という点を明確にすることが重要でした。当時の杉本チームでは、核内倍加を含めた細胞分化の研究をしているメンバーが多く、仲良しのドイツ人同僚に「Momoko、核内倍加した根毛細胞が分裂するなんてあり得ないよ!」と言われたことも印象に残っています。そこで、筆者は根毛細胞を生きたまま観察し続ける実験系を構築し、ついに根毛細胞の巨大な核が分裂する様子を捉えることに成功しました。分化を完了した根毛細胞が、分裂してカルスになることがわかったのです。さらに注意深く観察していると、カルスから胚ができることもありました(Figure 1 d, e)。高度に分化した細胞が初期化しうる、ということを実証した研究でした(Ikeuchi et al., 2015)。しかし、この例はPRC2という重要な分子の機能が欠損した突然変異体でしか起こらない特殊な現象です。正常な植物では、高度に分化した細胞が脱分化する例はないのでしょうか。

5.自然界で起こる脱分化現象

筆者らは、植物の再生現象を概観する総説(Ikeuchi et al., 2016)を執筆する際に様々な植物種の再生現象について徹底的に文献調査を行いました。そこでわかったのは、少数派ではあるものの自然界には高度に分化した細胞が脱分化を経て新しい芽を作るような植物種もある、ということでした。たとえば、園芸植物としても人気が高いトレニアは、茎を培養することで表皮細胞が脱分化・分裂して茎頂分裂組織を作り出すことができます(Morinaka et al., 2020)。高度に分化した細胞が脱分化を経て器官再生を行う場合と、内鞘細胞のように元々幹細胞を生み出す能力を持った細胞が活性化されて器官再生を行う場合ではどのようにメカニズムが違うのでしょうか。それは現在未解決の魅力的な研究課題です。

6.おわりに

近年の様々な研究によって、カルスと呼ばれる細胞塊のなかにも、根に類似したもの、そうでないものなど多様なものが含まれていることが明らかになりました。一つのカルスの中にも多様な細胞種が含まれており、現在筆者らはカルスに含まれる細胞種を同定する研究を進めています。また、器官再生の現象も多様で高度に分化した細胞が脱分化して起こる場合と、初めからカルスや再生器官を生み出す能力を持った特殊な細胞がある場合があります。モデル植物のシロイヌナズナを使った研究が先行してメカニズム解明が進んできましたが、自然界で見られる多彩な現象には未解明で興味深い課題が多く残されています。植物の器官再生分野には未解決の重要な基礎科学的テーマが多く幅広い応用可能性も期待されるため、世界中の多くの研究者が注目する活発な研究分野となっています。これからも、我々の「植物観」を変えてくれるような斬新な研究成果が報告されることを私自身も期待するとともに、重要な研究成果を自分たちの研究グループから発信できるように日々研究に邁進していきたいと思います。

Momoko Ikeuchi

著者

池内 桃子 Researchmap

略歴

2012年東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。
2012年より理化学研究所細胞機能研究チームにおいて特別研究員、基礎科学特別研究員、日本学術振興会特別研究員RPD 。
2019年より新潟大学理学部准教授。2022年より現職。

  • 研究内容:植物の再生現象、細胞リプログラミング、形態形成に興味を持っています。
  • 抱負:「植物らしい生き方」を発生生物学の言葉で解き明かしたい。
  • 関心ごと:ハイキングをしながら野外の植物を観察すること。奈良に赴任してからはお寺をめぐって仏像鑑賞を満喫しています。

植物再生学研究室

池内 桃子 NAIST Edge BIO, 0004. (2022)

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