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2022.10.03

植物と植物を取り巻く他者との関わりを紐解く

植物共生学研究室・助教・大津美奈

要旨
自発的に移動することができない植物は外部環境にいる他者からの様々な刺激を柔軟に受け入れ、時には反抗しながら生活しています。私たちの研究室は、そんな植物と他者との関わり(植物―寄生植物、植物―微生物など)に興味を持ち、植物がどのように他者とコミュニケーションをとっているか、そして他者である植物や微生物がどのように植物をあやつり、寄生・共生関係を構築するのかを解き明かす研究をおこなっています。本稿では、植物を侵略する側の視点からの研究を紹介します。今回は、侵入者が宿主植物に感染する時に作り出すユニークな構造物に焦点を当てて、前半は、寄生植物コシオガマとストライガが宿主植物に取り付く際に形成する「吸器」について、後半には植物寄生性線虫シストセンチュウが植物組織内部に作り上げる感染細胞「シンシチウム」に関する研究について紹介します。

1.植物から栄養を搾取する植物―寄生植物

寄生植物とは、他の植物から栄養を奪うことで生育する植物です。これらの植物の中には、農作物を宿主とするものも多く、世界各国、特にアフリカでは、ハマウツボ科の寄生植物ストライガ(Striga hermonthica により、年間10億ドルもの被害が出ています(Mutuku and Shirasu, 2019)。その寄生様式は非常にユニークで、寄生植物はこぶ状の「吸器」と呼ばれる寄生に特化した特殊な器官を発達させ、宿主植物に付着します。その後、宿主植物に付着させた吸器内部にxylem bridgeと呼ばれる道管の連結構造を形成し、寄生植物の維管束と宿主の維管束を連結させることで、宿主から直接栄養分を搾取しています(Yoshida et al., 2016)。

私たちの研究室では、寄生植物の寄生メカニズムを明らかにするモデル植物として、ストライガと同じハマウツボ科に属し、かつ日本に自生する寄生植物コシオガマ(Phtheirospermum japonicum )を用いて、ゲノム解読や遺伝子発現系の確立、変異体からの遺伝子同定などをおこない、分子レベルでの解析を進めています。ストライガとコシオガマを用いることでより深く寄生植物が宿主植物に寄生するメカニズムについての研究が進められます。

2.寄生植物ごとに吸器の形、宿主植物とのつながり方は大きく異なる

寄生植物にとって宿主から栄養を奪うためには、吸器が必要不可欠です。そのため、先行研究では、様々な寄生植物の吸器に着目した切片観察が行われており、それらの研究から吸器内部の細胞パターンや吸器の発生についての数々の知見が得られました。しかし、従来の切片観察法では、吸器内部の3次元的構造は詳細にはわかっていませんでした。そこで、私たちはNAISTの情報科学領域の研究室と共同研究し、従来の切片観察法と最新のデータ解析技術を組み合わせた新たな画像3次元解析法を確立し、ストライガとコシオガマの二種類の寄生植物の吸器の3次元イメージング解析を行いました(Masumoto et al. 2021)。寄生植物のXylem bridgeは、宿主の維管束内部にある木部と接続することが知られています。ストライガのXylem bridge(図1(a))は、宿主植物の根に対して垂直で直線的に伸び、宿主の道管細胞の網目に直接侵入するか、または宿主道管と接する面で垂直に曲がり宿主道管と連結していました。一方でコシオガマでは、宿主植物の根に対してやや湾曲してXylem bridgeを伸ばし、宿主植物の道管に巻き付くように伸びていることが画像解析からわかりました(図1(b))。私たちの三次元イメージング解析によって、近縁な種であるストライガとコシオガマにおいてもXylem Bridgeの3次元構造が大きく異なることがわかりました。

fig.1

図1.寄生植物が宿主植物との相互作用の際に形成する吸器の3D画像.
ストライガの吸器(a)とコシオガマの吸器(b)では、宿主植物の木部組織へのアプローチが大きく異なる.

3.目に見えない侵入者、植物寄生性線虫シストセンチュウ

植物寄生性線虫とは、その名の通り植物に寄生する線虫の一種で、世界の農場生産現場において年間推定1,570億ドルの損失を与えています。シストセンチュウは、そんな植物寄生性線虫の仲間です。シストセンチュウは、幼虫期に植物の根の先端付近から根の内部に侵入した後、植物の細胞の隙間をこじ開けて、最終目的地である維管束まで移動します。そして、維管束付近に到達すると、Styletと呼ばれるストロー状の口を維管束近くの細胞に差し込み、植物細胞の形態や代謝を変化させ、Styletを差し込んだ細胞を巨大な感染細胞へと作り替えます。根の内部に寄生するこれらの線虫は、一度感染する細胞を決定すると、成熟するまでその場所から動かなくなるため、この巨大な感染細胞はさながら線虫たちの食料庫のような役割を果たします。

4.シストセンチュウが宿主植物内部に形成する驚きの構造

シストセンチュウが植物に作らせる感染細胞は“シンシチウム”と呼ばれています。シンシチウムを作らせるために、シストセンチュウはストローを刺した細胞を起点にして、隣り合う植物細胞の細胞壁を分解し、細胞同士を次々に融合させます(大津美奈 2019)。根の深部に形成されるシンシチウムをintactな状態で観察することは非常に難しく、その形態は謎に包まれていました。そこで、筆者らは、多光子顕微鏡を用いた3Dイメージング系を確立しました。そのイメージング解析により、細胞融合の繰り返しによって形成されるシンシチウムは、多数の柱状の構造を持つ、パルテノン神殿様のユニークな細胞壁を形成していることがわかりました(Ohtsu et al. 2017、図2)。興味深いことに、シストセンチュウの誘導する柱状の細胞壁のセルロース含有量は通常の細胞壁よりも増加しており(Ohtsu et al. 2017)、シンシチウムにおける柱状細胞壁の形成過程では細胞壁成分の分解だけでなく、新たな細胞壁成分の合成が行われていると考えられます。巨大な栄養貯蔵細胞を作るためには細胞壁の分解が必要不可欠ですが、細胞壁に無作為に大きな穴を無数に開けてしまうと、肥大化した際に細胞の形を保つのが困難になります。そこで、シストセンチュウは、パルテノン神殿の支柱のように、柱状に細胞壁を残し、それらを新たに合成した細胞壁成分でコーティングすることで強化し、肥大化したシンシチウムの形態を保持するという精密な制御によって感染細胞を形成していることがわかってきました。

fig.1

図2.シストセンチュウが寄主植物内に作ったシンシチウムの細胞壁の様子
点線は大まかなシンシチウム形成位置を示す. 感染細胞では、非感染細胞では見られない柱状の細胞壁が形成される.

5.植物と様々な生物との関わりの解明に向けて

寄生植物や植物寄生性線虫に限らず、植物に寄生・共生するものたちは、我々が驚くような戦略を駆使して、植物体内を自分の都合の良い空間へと作り替えています。しかしながら、植物と植物に寄生/共生する他者がどのような攻防を繰り広げているのかについては未解明な部分が多いです。本稿では、コシオガマとシストセンチュウについての研究を紹介しましたが、私たちの研究室では、他にも共生菌であるアーバスキュラー菌根菌やイネを食害することで知られているジャンボタニシについての研究も進めています。植物と相互作用するこれらの様々な材料を用いることで、様々な侵入者たちの宿主植物攻略法を解き明かし、植物と他者との相互作用について多面的に理解できると考えています。

Mina Ohtsu

著者

大津 美奈 Researchmap

略歴

2017年:名古屋大学大学院理学研究科卒業(理学博士)
2017-2021年: John Innes Centre(UK), Postdoctoral scientist/JSPS海外特別研究員
2021年-現在:現職
2021年10月-現在:JSTさきがけ研究員(兼任)「植物分子」

  • 研究内容:植物―微生物間相互作用についての研究に従事。特に、植物寄生性線虫のシストセンチュウがお気に入り。NAISTでは、新たに寄生植物にもチャレンジしています。

植物共生学研究室

大津 美奈 NAIST Edge BIO, 0005. (2022)

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