NAIST Edge BIOのロゴ

2025.12.01

化合物を介したエピゲノム操作による花成制御 −花咲かじいさんをめざして−

花発生分子遺伝学研究室・教授・伊藤 寿朗

要旨

植物が花を咲かせる時期は、温度や日の長さといった環境条件によって決まります。多くの植物は冬の寒さを経験し、春の暖かさが訪れることで花を咲かせ、実をつけます。近年の気候変動により、植物がこれまでとは異なる時期に花をつけてしまう可能性が高まり、食料の安定供給への影響が懸念されています。そのため、植物の開花時期を人為的に調整する技術の開発は重要な課題です。私たちの研究グループは、遺伝子組換えを用いずに開花を遅らせることができる物質「花咲かせない爺さんの灰(DVRs)」を、世界で初めて同定しました。DVRは核内においてエピジェネティックなゲノム(エピゲノム)構造の変化を引き起こすことで作用していました。本研究は、植物の花を咲かせるしくみを化合物で制御する新しい可能性を示しています。

主要関連論文
Otsuka N, Yamaguchi R, Sawa H, Kadofusa N, Kato N, Nomura Y, Yamaguchi N, Nagano AJ, Sato A, Shirakawa M & Ito T "Small molecules and heat treatments reverse vernalization via epigenetic modification in Arabidopsis" Commun. Biol. 8: 108, 2025

はじめに

人類における食料の多くは植物に由来しており、穀物や果物などは花が咲いた後にできる種子や実です。また、根や葉を野菜として食べるなど、植物は生活に欠かせない存在です。

多くの植物は冬の寒さを経験し、春の暖かさが訪れることで花を咲かせ、実をつけます (図1)。一方で、葉でつくられた栄養が種子へ送られることで、葉の栄養は徐々に失われていきます。近年の気候変動により、植物がこれまでとは異なる時期に花をつけてしまう可能性が高まり、食料の安定供給への影響が懸念されています。植物が冬の寒さを経て、春の暖かさを合図に花を咲かせる現象は「春化」と呼ばれ、長期の低温により核内で花を抑える働きをもつ遺伝子(FLC)の機能が抑えられます(図1)。これまでの分子遺伝学研究により、FLCの下流で開花時にはたらく遺伝子ネットワークが明らかになってきました。

これらの知見を活用して、遺伝子操作により開花を調整することは可能ですが、作物に広く応用するには技術面・制度面で課題があります。一方で、冬を経験した植物を高温状態に数日置くと「花をつける準備」がリセットされる「脱春化」が起こることが知られています。しかし、その仕組みについてはほとんど解明されていません。

そこで私たちは、春化を「解除」して花を遅らせることができる低分子化合物を、ケミカルライブラリーを用いたスクリーニングで探索し、高温処理や遺伝子組換えを用いずに開花時期を調整できる可能性を追求しました。

fig.1

図1.長期低温により開花が誘導される
植物は、長い冬を経験することで初めて花を咲かせる準備ができます。これを春化といいます。春化の後に暖かい日が続くと、この絵のように茎が伸び花を咲かせます。しかし、興味深いことに春化後に短期の高温を経験することで春化状態をキャンセルできる現象があり、これを脱春化と言います。

開花を遅らせる新規低分子化合物の発見

モデル植物シロイヌナズナを用いて、野菜栽培にとっての大きな課題である開花を遅らせる化合物の探索を行いました。開花を抑えるマスター遺伝子 FLC の量を指標とし、その発現量を増やす化合物に注目して探索を進めました。多数の化合物を効率よく評価するため、FLC の量を発光で検出できる実験系を構築し、1日に百種類を超える化合物のスクリーニングができる体制を整えました。これまでに報告したDVR01は強い活性を示した一方で植物への毒性が高く、より安全に使える化合物の発見が必要でした(1)。そこで約20,000種類の化合物を調べた結果、DVR02〜05を新たに同定しました。これらは毒性が低く、1回処理するだけで開花のタイミングを約1週間遅らせることができました(2)

さらに、化合物の構造解析から「ヒダントイン環様構造」と「スピロ様構造」という2つの共通部分が鍵であることが分かり、これらを最小限に持つDVR06 もほぼ同じ活性を示すことを明らかにしました(図2, 3)。これにより、特定の分子構造をもつ低分子化合物が開花時期を遅らせるという新しい現象を世界ではじめて示すことに成功しました。

また分子レベルの解析から、DVRs はFLCの量をエピジェネティックなしくみによって増やし、結果として開花を遅らせることが明らかになりました(2)。具体的にはFLC遺伝子座における抑制的に作用するヒストンのメチル化修飾がDVR処理によって減少することが分かりました。さらにゲノムワイドなオミクス解析により、高温処理による脱春化との比較では、細胞内で起きる遺伝子発現およびエピゲノムの変化に共通点が多いことも分かっています。

fig.1

図2.DVRsに共通するヒダントイン環様構造とスピロ様構造

fig.1

図3.DVR06は植物の開花時期を遅延させる

おわりに

FLCによる開花制御はアブラナ目植物で広く保存されているため、DVRs がハクサイなどの野菜にも作用することが期待されます。実際に共同研究として、ハクサイに処理したところ、花が咲くのを抑える効果が確認されています。今後は、処理方法・タイミング・回数などの条件を詳細に検討し、さらに環境安全性の評価を進める必要があります。また、農業現場で利用する際には慎重に試験を進めることが求められます。

開花時期を調整できれば、作物をより適切な時期に収穫できるように管理でき、気候変動が激しい現代において食料生産の安定化に貢献する可能性があります。また、化合物が細胞内のどのタンパク質と結びついて働くのかを明らかにすることで、エピゲノムの新たな制御機構の解明にもつながります。さらに、より高活性で特異性の高い「スーパーDVR」の開発にもつながると期待されます(3)

将来的には、アブラナ目以外の植物にも作用する新たな化合物の探索も重要です。多様な植物で開花を遅らせる「花咲かせないじいさんの灰」や、逆に花を早める「花咲かじいさんの灰」を発見し、植物の成長を自在に調整する技術へと発展することが期待されます(図4)。

fig.3

図4.DVR06は、花咲かじいさんの灰と逆の働きをし、植物の開花時期を遅延させ、栄養成長を促す

MATSUDA Kanae

著者

伊藤 寿朗 Researchmap J-GLOBAL ID

略歴

1997年京都大学大学院理学研究科博士課程修了、同年よりカリフォルニア工科大学博士研究員、日本学術振興会海外特別研究員、2005年より シンガポールテマセック生命科学研究所 主任研究員/シニア主任研究員 (2011年より)、シンガポール国立大学准教授(兼務)を経て、2015年より現職

  • 研究内容:植物における環境に応答した花の形づくり
  • 抱負:大丈夫だ!ムリなものは無理、出来るものは出来る
  • 関心ごと:自然のパターン

花発生分子遺伝学研究室

伊藤 寿朗 NAIST Edge BIO, 0033. (2025)

アーカイブ→ 一覧ページ