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2024.1.9

クルクミン関連化合物によるがん抑制

腫瘍細胞生物学研究室・教授・加藤 順也

要旨
副作用の(少)ない抗がん剤を開発するにあたり、天然物を念頭に置き、スパイス(ターメリック)の主成分であるクルクミンを出発点に選びました。まずは、クルクミンの抗腫瘍効果を再検証し、クルクミンががん細胞の増殖を阻害する際に、活性酸素種(ROS: reactive oxygen species)が重要な働きをすることを証明しました。さらに、クルクミン(curcumin)の標的分子にROSの代謝酵素群(ROSスカベンジャー)が含まれることを示しました。より優れた化合物を得るために、新規のクルクミン関連化合物を集め、比較検討したところ、数ある化合物の中から、最終的に、候補化合物PGV-1(Pentagamavunon-1)を得ました。詳しく調べてみると、PGV-1はクルクミンの約60倍高い薬効を示し、さらに、PGV-1は細胞周期をM期の前中期で特異的に停止させる活性を示し(クルクミンはM期だけでなく細胞周期の他の時期も阻害するが、PGV-1はM期の前中期のみを特異的に阻害します)、PGV-1はクルクミンとは異なった作用機序を持つことがわかりました。さらに、ヌードマウスを用いたXenograft実験では、PGV-1は経口投与で腫瘍形成を著しく阻害しますが、体重や血液を検査しても副作用の兆候は全く認められませんでした。従って、PGV-1をもとにすると、副作用の少ない経口抗がん剤の開発が可能になると期待されます。
主要関連論文
Curcumin targets multiple enzymes involved in the ROS metabolic pathway to suppress tumor cell growth. YA Larasati, N Yoneda-Kato, I Nakamae, T Yokoyama, E Meiyanto, J Kato. Scientific reports 8 (1), 2039, 2018
https://www.nature.com/articles/s41598-018-20179-6
Curcumin derivatives verify the essentiality of ROS upregulation in tumor suppression. I Nakamae, T Morimoto, H Shima, M Shionyu, H Fujiki, N Yoneda-Kato, T Yokoyama, S Kanaya, K Kakiuchi, T Shirai, E Meiyanto, J-y Kato. Molecules 24 (22), 4067, 2019
https://www.mdpi.com/1420-3049/24/22/4067
Pentagamavunon-1 (PGV-1) inhibits ROS metabolic enzymes and suppresses tumor cell growth by inducing M phase (prometaphase) arrest and cell senescence. B Lestari, I Nakamae, N Yoneda-Kato, T Morimoto, S Kanaya, T Yokoyama, M Shionyu, T Shirai, E Meiyanto, J-y Kato. Scientific Reports 9 (1), 14867, 2019
https://www.nature.com/articles/s41598-019-51244-3

1.クルクミンのがん抑制能力の評価

クルクミンは非常によく知られた物質で、クルクミンに関する様々な活性(抗癌作用、抗炎症作用、抗酸化作用、抗菌作用、免疫促進作用、血糖降下作用など)が報告されています。そこで、まずは、クルクミンの持つ抗がん作用について詳細に検証するために、免疫不全マウス(ヌードマウス)にヒトがん細胞を移植する系(Xenograft実験系)を用いて、実験を行いました。その結果、クルクミンが、in vivoでがんを抑制する活性を持つことを確認することができました(図1)。クルクミンががん細胞の増殖を抑制する機能はin vitroの培養細胞を用いた系でも確認できました。そして、この時、活性酸素種(ROS)が重要な働きをすることを見出すことができました。がん細胞は、もともと少し高いレベルのROSを有していて自分の増殖のために役立てていますが、クルクミンによってさらにROSレベルが上昇することで閾値を超え自爆するのだと考えられます。また、クルクミンの標的因子を同定する目的でクルクミン結合タンパク質を網羅的に解析したところ、ROSの代謝酵素群(ROSスカベンジャー)がいくつも見つかり、これらの酵素群はがん細胞で発現が高まっていることもわかりました。従って、おそらく、がん細胞ではROSスカベンジャーの発現を上昇させることで細胞内ROSレベルを調節していますが、クルクミンがこれらの酵素活性を阻害することでROSのレベルを閾値を超えて上層させ、がん細胞を特異的に死滅させるのだと考えられます。

fig.1

図1.マウスXenograft系を用いたクルクミンのがん抑制能力の検証
左上、実験計画
左下、クルクミン投与による腫瘍形成の阻害
右上、クルクミン投与により阻害された腫瘍形成
右下、実験計画の実際

2.PGV-1の発見

クルクミンのがん抑制能力は優れたものでしたが、かなり多くの投与量が必要であることから、このままでは抗がん剤としては不適でしたので、より優れた化合物の探索を行いました。そして、数あるクルクミン関連化合物を比較検討した結果、最終的に候補化合物PGV-1(Pentagamavunon-1)を得ることができました。in vitroの培養細胞を用いた系で詳しく調べてみると、PGV-1はクルクミンの約60倍高い薬効を示し、さらに、PGV-1は細胞周期をM期の前中期で特異的に停止させる活性を示しました(図2)。クルクミンはM期だけでなく細胞周期の他の時期も阻害するので、PGV-1はクルクミンとは異なった作用機序を持つことがわかりました。さらに、ヌードマウスを用いたXenograft実験系では、PGV-1は経口投与で腫瘍形成を著しく阻害しました(図3)。しかしながら、PGV-1を投与したマウスの体重や血液を検査しても副作用の兆候は全く認められませんでした。従って、PGV-1を元にして、副作用の(少)ない経口抗がん剤の開発が可能になると考えています。

fig.2

図2.PGV-1によるがん細胞の細胞周期阻害
がん細胞をクルクミンとPGV-1で24時間処理したところ、PGV-1は細胞周期をM期の前中期で特異的に停止させました。

fig.3

図3.PGV-1による腫瘍形成の阻害
マウスXenograft系を用いてクルクミン(curcumin)とPGV-1を飲ませ腫瘍形成に与える効果を検証しました。その結果、PGV-1がクルクミンよりも優れたがん抑制能力を持つことがわかりました

3.おわりに

PGV-1がクルクミンよりもさらに優れた抗がん剤の候補であることがわかりましたが、ヒトの抗がん剤にはまだ足りない点(水溶性が低いことや、体内への吸収が弱いことなど)があります。今はこうした点を改良した薬剤を考案し試しています。その成果が実り、最後には副作用の(少)ない抗がん剤を開発できることを切に祈って研究を進めています。

Jun-ya Kato

著者

加藤 順也 Researchmap

略歴

1988年京都大学大学院理学研究科博士課程修了,同年St. Jude Children’s Research Hospital, USA (Dr. Chuck Sherr’s lab) 博士研究員,1995年 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科 助教授,2001年より同教授

  • 研究内容:がん細胞周期と、副作用の(少)ない抗がん剤開発
  • 抱負:副作用のない抗がん剤を開発する
  • 関心ごと:理系教育の浸透

腫瘍細胞生物学研究室

加藤 順也 NAIST Edge BIO, 0020. (2024)

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