網膜の頑強性を保つ新しいシグナル経路
Combination of blockade of endothelin signalling and compensation of IGF1 expression protects the
retina from degeneration.
Naoya Shigesada, Naoya Shikada, Manabu Shirai, Michinori Toriyama, Fumiaki Higashijima, Kazuhiro Kimura, Toru Kondo, Yasumasa Bessho, Takuma Shinozuka, Noriaki Sasai
Cellular and Molecular Life Sciences
(重定直弥博士の学位論文の全文(日本語)が、https://library.naist.jp/opac/book/108165にあります)
概要:網膜色素変性症は、眼球の光受容細胞が変性する遺伝性眼疾患で、我が国で3万人、世界で150万人が罹患していると言われています。今回私たちは、この病変が始まる初期状態を捉え、これを正常に戻すことによって細胞の状態を改善する方法を発見しました。光受容細胞で異常上昇する「エンドセリン」を阻害し、発現が減少する「IGF1」タンパク質を外部から添加するというのがその方法です。
網膜は眼球の中で、外界からの視覚情報を最初に受け取る細胞群です。この機能が損なわれる疾患が網膜色素変性症ですが、この疾患は治療法が確立されていないため、厚生労働省から難病に指定されています。
網膜色素変性症は、眼球が光刺激を継続的に受けることにより発症していくと言われています(図 1)。
今回私たちは、網膜色素変性症の疾患モデルマウスを用い、シングルセル遺伝子発現解析法を用いて、疾患の初期状態で発現量が変化する遺伝子を、個々の細胞で調べました(図 2)。その結果、光受容細胞でエンドセリン遺伝子が異常惹起している一方、疾患網膜ではIGF1というシグナル分子の発現量が特定の細胞種で減少しており、その結果、網膜細胞内でのグルコース代謝が弱化していることが明らかになりました。一方、網膜細胞にエンドセリン阻害剤とIGF1を添加したところ、神経炎症が抑制された一方、グルコース代謝が改善、その結果、視覚機能の改善が認められました。また、このことはIGFシグナルの下流で働くmTOR遺伝子の変異マウスでも確認されました(図 3)。
今後、この方法を網膜色素変性症の治療法として実用化することを目指します。
学生の皆さんへ
(1) 網膜は眼球のどの部分にあり、どのような細胞があるでしょうか。
(2) 遺伝性疾患とは何か、説明できますか。
(3) グルコースがピルビン酸に変化する経路を説明できますか。
(4) IGF(Insulin-like Growth Factor)シグナルが惹起する細胞内シグナル伝達経路が説明できますか。
(図1) 健康な視神経系と、網膜色素変性症を起こした視神経系における光刺激に対する反応
(図2) 単細胞遺伝子発現解析でクラスター化された細胞群
(図3) 電気生理学的解析によって明らかになった、IGFの活性化の効果。IGFの活性化により視覚機能が一部回復している。