DNAポリメラーゼ
DNAポリメラーゼ (DNA polymerase) とは?
DNAポリメラーゼはヌクレオチドを重合する酵素活性を持ち、DNAを半保存的に合成するDNA合成酵素です。耐熱性のTaq DNAポリメラーゼは、PCR反応で使用するDNA合成酵素です。DNAポリメラーゼは、一本鎖DNAの鋳型にアニールしたプライマーの末端に、鋳型の塩基と相補的なヌクレオチドを重合します。PCR反応(polymerae chain reaction)のプライマーは短いオリゴヌクレオチドですが、細胞のDNA複製でのプライマーは短いRNA鎖です。
DNAポリメラーゼは、DNA合成の過程でコピーミス(複製エラー)を生じます。校正機能(DNA修復の説明を参照)は複製エラーを直す修復機構の一つで、DNAポリメラーゼ自体に備わっているヌクレアーゼ活性(DNA分解活性)が働きます。通常のPCR反応で使用するTaq DNAポリメラーゼは校正機能を持たないため、PCRエラー(PCR反応でのDNA合成エラー)を生じやすい性質を持ちます。
大腸菌のDNAポリメラーゼは何種類あるのか?
細胞には複数種類のDNAポリメラーゼがあます。バクテリアの大腸菌は5種類、ヒトの細胞は約15種類のDNAポリメラーゼを持っています。 大腸菌のDNAポリメラーゼはローマ数字 ( I, II, III, IV, V ) で、ヒトのDNAポリメラーゼはギリシャ文字の小文字 (α, β, γ....) で名前が付けられています。1種類の耐熱性DNAポリメラーゼ(例えば Taq DNAポリメラーゼ)だけでDNAをコピー(増幅)できるPCR反応と比較すると、細胞のDNA合成反応の複雑さが分かります。さらに、細胞のDNAポリメラーゼは通常のDNA複製の分担作業だけでなく、細胞の生理機能に必要な様々な役割を担っていることが明からになってきています。
世界で初めて発見されたDNAポリメラーゼは、1956年にコーンバーグ博士 (Arthur Kornberg) が見つけた大腸菌のDNAポリメラーゼ I (ワン)です。大腸菌ゲノムの通常の複製に働くのは、このDNAポリメラーゼ I とDNAポリメラーゼ III (スリー)です。DNAポリメラーゼ III は、リーディング鎖とラギング鎖を協調的に合成します。DNAポリメラーゼ I は、ラギング鎖の岡崎フラグメントの合成過程に必要な酵素です。残りの3種類のDNAポリメラーゼ(II, IV, V)は、傷ついたDNAを複製する特別なDNA合成反応(損傷乗り越えDNA合成)に働きます。損傷乗り越えDNA合成に働くDNAポリメラーゼは、ヒト細胞に少なくとも5種類存在します。現在、私たちの研究室では、大腸菌のDNAポリメラーゼ I、III、IV の機能を研究しています。
なぜ突然変異の解明のためにDNAポリメラーゼを研究するのか?
DNAポリメラーゼの複製エラーに代表されるように、突然変異の発生にはDNA複製が密接に関わっています。「遺伝情報の正確な伝達機構」や「突然変異の発生機構の解明」は、生物の本質的な理解に必須であるにも関わらずほとんど手が付けられていない課題です。この未解決の問題にアプローチするためには、DNAポリメラーゼなどのDNA複製に働く酵素の機能、さらに、細胞内の複製フォークの動態(ゲノムにおける運動ダイナミクス)とその制御についても分子レベルで理解を深めることが重要です。それで、私たちの研究室では、大腸菌のDNAポリメラーゼと複製フォークについても、本格的な生化学や分子遺伝学の手法を用いて研究しています。
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