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自然突然変異

自然突然変異 (spontaneous mutation)

 自然界の普通の環境で生活している生物に極めて希に生じる突然変異で、生物進化の原動力になりました。実験室では、化学的な変異原(発癌性物質など)および物理的な変異原(放射線や紫外線など)で人為的に細胞を処理せずに、通常の培地(LB培地など)で培養したときに生じる突然変異のことです。

なぜ自然突然変異の研究に大腸菌を使うのか?

 教科書に載っている基本的な生命原理の大部分(DNA複製、遺伝子情報の発現など)は、モデル生物である大腸菌を用いた分子生物学の研究から明らかにされてきました。分子の言葉で明らかにされた大腸菌での生命の基本原理は、ヒトを含めた他の生物でも同じです。これまでの研究から、突然変異を抑制する基本的なメカニズムもバクテリアからヒトまで保存されていることが分かっています。しかし、自然突然変異の原因はまだ解明されていません。

 自然突然変異の発生する割合は、1回のDNA複製につき、10億個の塩基対あたり約1個です。この極めて希な自然突然変異を実験室で同定するには、細胞をできるだけ多くの世代に渡って培養して、大量の細胞を回収して解析しなくてはなりません。そのため、世代時間の長いヒト細胞では自然突然変異を見つけるには長い時間がかかります。大腸菌は20-30分で分裂し、100個の細胞を一晩で容易に約10億個まで増やすことができるので自然突然変異の研究に適しています。例えば、自然突然変異によって抗生物質リファンピシンに耐性となる大腸菌は、一晩培養して得られた10億個の細胞から約10個同定できます。つまり、大腸菌を用いると、生物進化の原動力となった自然突然変異の発生を、映像の早送りのように実験室で調べることができるわけです。

自然突然変異の原因は何か?

 これまでの研究から、DNA上の小さな変化(点突然変異)の発生には、DNA複製の誤り、言い換えると「複製エラー」が自然突然変異の第一番目の原因であると考えれています。これに加えて、細胞内での酸素呼吸などで生じる活性酸素などがDNAに傷を与え(DNA損傷)、その結果として複製エラーが誘発されることも自然突然変異の重要なもう一つの原因とされています。しかし、これらの複製エラーやDNA損傷の大部分は、細胞が持つ多数の修復機構や細胞周期チェックポイント機構により巧妙にかつ高い効率で取り除かれ、普通の環境中で生育する細胞の突然変異(自然突然変異)は非常に低い頻度でしか生じないように制御されています。

 私たちの研究室では、親(親細胞)から子(娘細胞)への遺伝情報の正確な伝達がどのような仕組みに支えられているのか、あるいはこれとは逆に、不正確な遺伝情報の伝達により引き起こされる突然変異はどのようなプロセスを経て発生するのかについて、大腸菌を使って研究を進めています。そして、私たちは、DNA損傷の中の酸化損傷、および、DNA修復機構のDNA合成エラーが希に生じる自然突然変異の重要な原因であることを、大腸菌を使って明らかにしてきました。

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