2026.10.02
ゼニゴケをモデルとした植物の細胞間隙形成メカニズムの解析
植物代謝制御研究室・助教・水谷未耶
- 要旨
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植物は光合成によってエネルギーを得るために、体内でガス交換を行う必要があります。ガス交換を担う「細胞間隙」がどのように形成されるかは、長年未解明の問題でした。私たちはコケ植物の一種であるゼニゴケ(Marchantia polymorpha)をモデルとして用い、細胞間隙形成に必須な遺伝子 NOPPERABO1(NOP1)を同定しました。NOP1 はE3ユビキチンリガーゼをコードしており、細胞間隙を作るときに細胞同士をはがす段階を制御していて、ゼニゴケの間隙の形成に不可欠であることが明らかになりました。本研究は、植物がどのようにして精巧なガス交換組織を作り上げるかという問いに対し、初めて遺伝学的な手がかりを与えるものです。
- 主要関連論文
- Ishizaki K, Mizutani M, Shimamura M, Masuda A, Nishihama R, and Kohchi T. (2013) Essential Role of the E3 Ubiquitin Ligase NOPPERABO1 in Schizogenous Intercellular Space Formation in the Liverwort Marchantia polymorpha. Plant Cell. 25, 4075-4084. doi: 10.1105/tpc.113.117051.
1. はじめに
約4億5千万年前、植物は海から陸へと進出しましたが、陸上では激しい乾燥にさらされるため、植物は体の表面を覆って乾燥から身を守るよう進化しました。しかしそうすると、今度は体の内部まで空気が届きにくくなるという問題が生じます。そこで植物は、細胞と細胞の間に小さな空気の通り道、「細胞間隙」を発達させることでこの問題を解決しました。たとえば、私たちが普段目にする植物の葉の内部にも、海綿状組織という細胞同士のすき間である「間隙」がたくさん存在しています。葉の表面には「気孔」と呼ばれる小さな穴があり、ここから取り込まれた空気がこの間隙を通って葉全体に行き渡ることで、光合成に必要なCO₂を効率よく細胞へ届けています(図1左)。こうしたガス交換の仕組みは植物の成長を大きく左右するため、古くから形態の観点で研究されてきました 1)。これらの研究により、海綿状組織の間隙は細胞同士がはがれて形成される「離性」の間隙であることが明らかになっていました(図1左)。しかし、「離性」間隙がどのような遺伝子の制御によって作られるのか、といった「分子メカニズム」はあまり明らかになっていませんでした。
実はコケ植物にも、海綿状組織に似た間隙構造が備わっています。ゼニゴケの属する苔類の多くは「気室」と呼ばれる間隙を持っており(図1右)、葉の細胞間隙と同じように光合成や呼吸を支える役割を果たしています 2)。この気室もまた、細胞どうしの接着がはがれることで形成される点で、被子植物の細胞間隙と共通しています。私たちはこのゼニゴケの気室に着目し、細胞間隙形成の謎を解き明かすことに取り組みました。
図1.
(A)海綿状組織と離性の間隙:海綿状組織の間隙は気孔を介して外部とつながり、ガス交換を行います。
(B) 維管束植物とコケ植物(苔類)の間隙:維管束植物の間隙である海綿状組織と気孔(上)に似た離性の間隙である気室が苔類ゼニゴケ(下)にも存在します。
2. なぜゼニゴケなのか
私たちがモデル生物として選んだのは、ゼニゴケ(Marchantia polymorpha)です。ゼニゴケは人家の周辺や庭、公園など、湿った日陰の場所に広く生育するコケ植物です。コケ植物と維管束植物は、約4億4千万年前に共通祖先から分岐したそれぞれの系統であり、どちらも独自に進化を重ねてきた現生の生き物です 3)。ゼニゴケはそのコケ植物の一種であり、維管束植物とは異なる特徴を多く持つことから、植物の多様性や進化を理解するうえで重要な研究材料となっています。ゼニゴケの葉状体の表面を顕微鏡で観察すると、六角形のパターンが規則正しく並んでいるのがわかります。これが「気室」であり(図2左)、その中には光合成を行う細胞が存在し、中央には「気室孔」と呼ばれる穴があり外部とつながっています(図2右)。ゲノムがシンプルで遺伝子の冗長性が低いため変異体の表現型が明確に現れやすく、また遺伝子操作の技術も整備されていることから 3)、ゼニゴケは細胞間隙形成の仕組みを解明するための実験系として非常に優れています。
3. 気室をもたない変異体「nopperabo1」の発見
私たちは変異体スクリーニングを行う中で、1万株の観察を行った結果、葉状体表面の気室構造が完全に失われた変異体を見出しました。この変異体は、日本の民話に登場する妖怪である「のっぺらぼう」にちなんで nopperabo1(nop1)と命名しました。
野生型では整然と気室が並ぶはずの葉状体表面が、nop1 変異体では平坦になっています(図3A)。組織切片で内部を観察すると、気室どころか、気室形成の初期に見られるはずの細胞間隙も形成されていないことがわかりました。この観察から、nop1 変異体では細胞がはがれる段階が阻害されていることが明らかになりました (図3B)。
4.原因遺伝子 NOP1 の同定——ユビキチンリガーゼが鍵を握る
nop1 が気室を失う原因となる遺伝子を調べたところ、原因遺伝子である NOP1 はE3ユビキチンリガーゼ(PUB-ARM型)というタンパク質をコードしていることが明らかになりました。ユビキチンリガーゼとは、分解の標的となるタンパク質にユビキチンという目印を付けて分解へと導く酵素です。気室という目に見える立体構造の形成に、ユビキチンリガーゼが関わっているというのは、非常に意外な発見でした。E3ユビキチンリガーゼは、特定のタンパク質に「分解せよ」という目印を付けることで、細胞内のシグナル伝達の流れを精密に調整する酵素です。E3ユビキチンリガーゼは、これまで光に応答して花を咲かせるタイミングを制御したり、植物ホルモンの受容体の量を調整したりと、植物の発生や環境応答における重要なシグナル経路の上流で機能することが知られていましたが、細胞間隙のような植物のかたち作りを制御するという役割はこれまで知られていませんでした。NOP1 の発見は、こうしたタンパク質の「量的な制御」が、植物の形づくりにも深く関わっていることを示す新たな証拠となりました。
では、NOP1はいったい何のタンパク質を標的として制御しているのでしょうか。その答えを突き止めることができれば、気室が作られる仕組みの核心に迫ることができるはずです。この問いが、次の研究へとつながっています。
5.おわりに
本研究によって、E3ユビキチンリガーゼ NOP1 がゼニゴケの気室形成に不可欠であることが初めて示されました。E3ユビキチンリガーゼによるタンパク質分解が、離性の間隙形成を制御する新しいメカニズムとして機能している可能性があります。
現在、私たちは NOP1 の標的タンパク質の探索や、皮層微小管の配列を制御する遺伝子群の機能解析を進めています。これらの研究を通じて、植物がガス交換組織を作り上げるための分子メカニズムの全体像を解明することを目指しています。植物の基本的な生命システムの理解が、将来的に作物の収量向上や環境適応の研究にも貢献できると考えています。
参考文献
- Leroux O. (2012) Ann. Bot. 110, 1083-1098.
- Raven J. A. (1996) Bot. J. Linn. Soc. 120, 255-261.
- Bowman J. L. et al. (2017) Cell 171, 287-304.
水谷 未耶 NAIST Edge BIO, 0039 (2026)
