NAIST Edge BIOのロゴ

2026.08.19

植物種間比較オミクスで探る植物の環境適応と代謝多様性

植物二次代謝研究室・助教・渡邉むつみ

要旨

植物は、環境変化に応じて体内の代謝ネットワークを柔軟に再編成することで、生育を維持し、変化する環境へ適応しています。この応答には、糖やアミノ酸などの一次代謝だけでなく、フラボノイドやテルペノイド、アルカロイドなどの二次代謝(特化代謝)も深く関与しています。しかし、植物種ごとに代謝ネットワークやその制御機構は大きく異なり、その分子基盤にはいまだ多くの未解明な点が残されています。私たちは、メタボローム解析、トランスクリプトーム解析、ゲノム解析を統合した比較オミクス解析を用いて、植物の環境適応を支える代謝ネットワークと、その多様性を生み出す遺伝子群の機能解明に取り組んでいます。本稿では、栄養欠乏応答研究を起点として発展してきた植物特化代謝研究を紹介するとともに、植物種間比較を基盤とした比較オミクス解析によって、植物の代謝多様性と進化をどのように理解しようとしているのかについて概説します。

主要関連論文
Watanabe M., Tohge T. (2023) Species-specific “specialized” genomic region provides the new insights into the functional genomics characterizing metabolic polymorphisms in plant. Current Opinion in Plant Biology, 75, 102427.

1. 栄養欠乏応答から見えてきた植物の代謝戦略

植物は、窒素、リン、硫黄などの必須栄養素が不足すると、生育を維持するために代謝ネットワークを大きく再編成します(図1)。

fig.1

図1. 栄養欠乏状態における植物の適応応答

私たちは、シロイヌナズナ1)をはじめ、トマト2)、イネ3)、コムギ4)など、多様な植物種を対象に、メタボローム解析とトランスクリプトーム解析を活用し、栄養欠乏条件における代謝応答を網羅的に解析してきました5)。その結果、植物二次代謝物は単なる防御物質として機能するだけでなく、特定の栄養元素を蓄積し、必要に応じて再利用するための重要な代謝プールとしても機能することが明らかになってきました。例えば、アブラナ科植物では、硫黄を含む二次代謝物であるグルコシノレートが硫黄の貯蔵形態として機能し、その分解を介して硫黄が一次代謝へ再利用されることが知られています(図2)。私たちは、この硫黄リサイクル機構に着目し、その制御因子や硫黄欠乏環境への適応における役割の解明を進めています。さらに、窒素、リン、硫黄欠乏に対する代謝応答を比較解析することで、それぞれの栄養欠乏に特異的な代謝制御機構と、共通する応答ネットワークの理解を進めるとともに、新規制御因子6)や栄養状態を反映する応答マーカー代謝物を同定してきました1), 3)。現在は、これらの知見を多様な植物種へ展開し、植物種間比較を通じて、進化的に保存された栄養応答機構と、植物種ごとに獲得された適応機構の解明に取り組んでいます。将来的には、植物の栄養状態を診断する代謝・遺伝子マーカーの開発、作物種や生育段階に応じた効率的な施肥制御、さらには栄養利用効率の高い作物の育種への応用を目指しています。

fig.2

図2. 硫黄栄養恒常性を支える一次・二次代謝間の硫黄配分制御

2. 比較オミクスが切り拓く植物二次代謝研究

栄養欠乏応答の研究を進める中で、植物の環境適応には一次代謝だけでなく、二次代謝の再編成が重要な役割を果たすことが明らかになってきました。二次代謝物は、紫外線防御、病害虫への抵抗性、花色や香りの形成など、多様な生理機能を担うとともに、前述のように栄養元素の貯蔵や再利用にも関与しています。しかし、二次代謝物の種類や蓄積パターンは植物種ごとに大きく異なり、その多様性を生み出す生合成遺伝子や制御因子の同定は容易ではありません。そこで私たちは、多様な植物種のメタボロームおよびトランスクリプトーム情報を統合した比較オミクス解析を基盤とし、さらに比較ゲノム解析を組み合わせることで、生合成遺伝子クラスターや種特異的ゲノム領域で生じた重複遺伝子の新たな機能獲得に着目した遺伝子探索を進めています(主要関連論文)(図3)。この研究戦略により、植物種ごとの二次代謝多様性を支える新規生合成遺伝子や制御因子を効率的に探索できるようになってきました。現在は、アブラナ科植物のフラボノイド7), 8)やグルコシノレート、ナッツ類のポリフェノール9)、コーヒー属植物のカフェインやクロロゲン酸などの二次代謝物10)を対象に、比較オミクス解析を基盤とした生合成遺伝子や制御因子の機能解析を進めています。今後は、比較対象となる植物種をさらに拡大し、植物がどのように多様な二次代謝を獲得し、環境へ適応してきたのか、その進化過程と分子基盤の理解を目指します。さらに、得られた知見を有用代謝物の生産制御や高品質・高機能作物の育種へ展開し、植物二次代謝の理解を農業やバイオテクノロジーへつなげていきたいと考えています。

fig.3

図3. 種特異的ゲノム領域に着目した植物二次代謝の機能ゲノミクス

対象とする生合成経路の特徴に応じて、適切な解析手法を組み合わせて研究を進めます。(a) まず、植物種間および同一植物種内で代謝物の蓄積パターンを比較し、植物ごとに異なる代謝多型を明らかにします。(b) 次に、その情報をもとに、どのような二次代謝物がどの生合成経路によって産生されるのかを整理し、植物種ごとの二次代謝生合成経路の全体像(biosynthetic framework)を構築します。(c) さらに、これらの代謝多様性を生み出す遺伝的基盤を明らかにするため、植物種間および種内でゲノム情報を比較します。その際、生合成に関わる遺伝子が集積した領域(生合成遺伝子クラスター)や、遺伝子重複後に新たな機能を獲得した新機能化遺伝子に着目し、候補遺伝子を抽出します。(d) その後、トランスクリプトーム解析により候補遺伝子の発現パターンを解析し、代謝物の蓄積との関連を評価します。(e) 最後に、機能解析によって候補遺伝子の役割を検証し、未知の二次代謝物の生合成機構や、遺伝子重複後に新たな機能を獲得した遺伝子の機能を明らかにすることで、植物二次代謝の多様化を支える分子基盤の理解を目指します。C–C’:生合成遺伝子クラスター内においても、遺伝子重複後の新機能化によって代謝多様化が生じる場合があります。

WATANABE Mutsumi

著者

渡邉 むつみ Researchmap

略歴

2008年に千葉大学大学院薬学研究院にて博士(薬学)を取得。同年4月から6月まで同大学で技術補佐員、2008年7月から2017年3月までマックス・プランク研究所で博士研究員として研究に従事した。その後、奈良先端科学技術大学院大学 植物二次代謝研究室において、2017年4月に技術補佐員として着任し、博士研究員、特別研究員、特任研究員を経て、2025年4月より助教を務めている。

植物二次代謝研究室

渡邉 むつみ NAIST Edge BIO, 0038. (2026)

アーカイブ→ 一覧ページ