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2023.03.01

細菌のポリエチレンテレフタレート代謝とその応用

環境微生物学研究室・教授・吉田 昭介

要旨
プラスチックは高い機能性とコストパフォーマンスを兼ね備えた素材であり、様々な用途で使われています。しかし、現在のプラスチック経済は石油を原資とした非循環型です。また環境に流出したプラスチックは微生物による分解を受けずに蓄積するので、景観の破壊や生物への悪影響をもたらします。このような背景の中、ポリエチレンテレフタレート(PET)を分解・代謝する細菌Ideonella sakaiensis は発見されました。本稿ではI. sakaiensis のPET分解メカニズム解明を目指した酵素群の同定、本菌のPET代謝を利用した有用物質生産について紹介します。
主要関連論文
Yoshida S, Hiraga K, Takehana T, Taniguchi I, Yamaji H, Maeda Y, Toyohara K, Miyamoto K, Kimura Y, Oda K. (2016) A bacterium that degrades and assimilates poly(ethylene terephthalate). Science. 351, 1196-1199.
DOI: 10.1126/science.aad6359
Fujiwara R, Sanuki R, Ajiro H, Fukui T, Yoshida S. (2021) Direct fermentative conversion of poly(ethylene terephthalate) into poly(hydroxyalkanoate) by Ideonella sakaiensis. Scientific Reports. 11, 19991.
DOI: 10.1038/s41598-021-99528-x

はじめに

ペットボトルや食品用トレー、衣類等に汎用されているPETは、テレフタル酸とエチレングリコールが縮重合したポリエステルで、難生分解性です。我々は、PET分解酵素を持つ微生物の存在に期待し、環境サンプルをPETを炭素源として培養することで、目的の菌の探索を行いました。その結果、単独でPETを資化することができる新種の細菌Ideonella sakaiensis 201-F6株の分離に成功しました(図1)1)2)

fig.1

図1.I. sakaiensis によるPET分解
(a) PETフィルムを炭素源とする培地で生育したI. sakaiensis
(b) 菌体除去後のPETフィルム表面

1.PET分解メカニズムの解明

最初に、I. sakaiensis のPET分解を担う酵素に興味が持たれました。本菌の全ゲノム解析を実施したところ、脂肪族ポリエステル分解酵素であるクチナーゼのホモログをコードする配列が見つかりました。クチナーゼは、PET分解活性を副活性として示すことが知られていた酵素です。このI. sakaiensis 由来タンパク質を、PETフィルムとインキュベートすると、PET表面に無数のクレーター状分解痕が生じました。さらにタンパク質は、上記のPET分解活性をもつクチナーゼと比較し、PET分解活性とPET分解特異性が非常に高いことから、PETaseと命名することにしました。興味深いことに、PETaseはPETを加水分解するものの、モノマーまで分解するわけではなく、一歩手前のモノヒドロキシエチルテレフタレート(MHET)を最終分解産物とします。そこで、MHET加水分解酵素の存在を予測し、本菌の網羅的な発現解析を行ったところ、候補に挙がったタンパク質の一つがMHETを効率よく分解することがわかり、MHETaseと命名しました。これら二つの酵素の遺伝子を破壊すると、I. sakaiensis はPETを炭素源として増殖できなくなることから、両酵素が本菌のPET代謝に重要であることが示唆されました3)

現在、PETaseとMHETaseの酵素活性や局在予測から、細胞外に分泌されたPETaseによりPETは分解され、遊離したMHETが細胞内のMHETaseによって分解されるというモデルを提案しています(図2)4)。また、I. sakaiensis はテレフタル酸とエチレングリコールをともに炭素源として利用可能です。このように、I. sakaiensis はPET資化に必要な因子を適材適所に備え、効率的にPETを資化することがわかってきました。

fig.2

図2.I. sakaiensisの推定PET代謝
PETは細胞外に分泌されたPETaseにより分解され、主としてMHETが遊離する。MHETはペリプラズム層に導入され、MHETaseにより速やかにテレフタル酸とエチレングリコールに分解される。I. sakaiensis はテレフタル酸代謝とエチレングリコール代謝をともに有している。

2.I. sakaiensis のPET代謝を利用した有用物質生産5)

I. sakaiensis はPET資化能を持つユニークな細菌で、他に例を見ません。これはつまり、本菌が難生分解性であるPETを「発酵」により、様々な有用化合物に変換する能力を有していることを意味します。I. sakaiensis ゲノムには、生分解性プラスチックとして知られるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)の合成酵素群をコードしている領域があります。そしてこれらは、PHA高生産菌として産業的に用いられているCupriavidus necator H16株の有する同酵素群と極めて高いアミノ酸配列相同性があります。最近、我々はPET存在下で培養したI. sakaiensis の観察をした際に、菌体内に大小の顆粒が著量存在していることを見出し(図3)、さらにこの顆粒がPHAであることを明らかにしました。以上のことから、I. sakaiensis が、難生分解性のプラスチックを原料として、生分解性プラスチックを発酵生産することを示すことができました。植物油や糖を発酵原料として工業生産されるPHAは、従来のプラスチックより高価であることが普及を阻んできたため、製造コストの削減が図られています。I. sakaiensis は、廃棄PETを発酵原料とすることで、安価な新規PHA生産のプラットフォームとなりうるものとして期待しています。

fig.3

図3.
PETを発酵原料としてPHAを著量蓄積する I. sakaiensis

Shosuke Yoshida

著者

吉田 昭介 Researchmap

略歴

京都大学大学院博士後期課程修了、博士(工学)。
米国イリノイ大学Energy Biosciences Institute博士研究員、慶應義塾大学助教、JST秋吉ERATOプロジェクト博士研究員、京都大学白眉センター特定准教授、奈良先端科学技術大学院大学特任准教授を経て、現職。JST創発研究者。

環境微生物学研究室

吉田 昭介 NAIST Edge BIO, 0010. (2023)

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