NAIST 奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス領域

研究成果の紹介

マイクロRNAが複雑な組織配置を決めることを解明!

植物細胞機能研究室の中島敬二准教授の研究グループは、根の特定の細胞で作られる物質(マイクロRNA)が組織内に広がって濃度勾配を作り、細胞の分化や、維管束など水分の吸収にかかわる複雑な組織配置を決めるという重要な機能を担っていることを明らかにしました。この研究成果は、Development(英国の国際的発生生物学専門誌、インパクトファクター7.6)の6月号に掲載され、日刊工業新聞に記事として掲載されました。
プレスリリース詳細( 大学HP http://www.naist.jp/ 内コンテンツ )

中島敬二准教授のコメント

今からちょうど10年前、私がポスドクとして携わった研究の論文が出ました。それは、植物の根でSHRという転写因子が隣の細胞に移動してその分化を決定するという発見でした。DNAに結合して遺伝子の発現を調節する転写因子が、隣の細胞の核まで行って働くことは、私自身にとっても驚きでしたし、多くの研究者仲間の興味をそそったようです。帰国して数年後に自分のプロジェクトを始める時、やはり植物の細胞がどのようにコミュニケーションしているかを知りたいと思いました。
この時に研究室に加わった大学院生の宮島俊介君(現、ヘルシンキ大ポスドク)が、今回発表した論文の研究を中心的に行ってくれました。この研究は、もともと宮島君がAGO1という遺伝子の変異体で根の組織形成に異常を見つけたことに始まります。AGO1はマイクロRNAがmRNAを分解する際に重要な働きをするタンパク質です。その後、いろいろな経緯を経て、miR165というマイクロRNAが、根の中で1つの細胞層から周囲の細胞へ広がり、それによって形成される勾配が、根の正常な組織配置に重要な役割を果たしていることを突きとめました。10年の時を経て、次世代の研究者の卵がRNAの細胞間移行を明らかにしたことに感慨を覚えます。
マイクロRNAの細胞間移行については、これまで肯定・否定の両方の論文が出されていました。昨年、欧米の共同研究チームがmiR165の細胞間移行を強く示唆する論文を出し、私のグループは少し遅れをとってしまいました。それでも今回の論文発表につなげることが出来たのは、miR165が根の中を広く移動し、それによって出来る勾配が重要な意味を持つことを、独自の実験系で明らかにしたためです。
動物ではモルフォジェンと呼ばれるシグナル物質が、濃度の違いでいろいろな細胞を作り分けることが知られています。我々の今回の成果は、小さなRNA分子が植物でモルフォジェンと良く似た仕事をしていた、というところに面白さがあります。マイクロRNAの細胞間移行を示すという点では、残念ながら二番になってしまいましたが、それでもあきらめずにデータを積み重ね、新しい発生メカニズムを明らかにすることができました。もちろん、次の仕事では一番を目指したいと思います。

研究の概要

植物の根を輪切りにしてみると、大きさや形の異なる細胞が同心円状に整然と並んでいるのが見える(図1左)。これらの細胞は外見だけでなく、それぞれが異なる機能を担っている(図1中央)。細い根の中に、どうしてこのように様々な細胞を精密に配置することが出来るのか、これは生物の発生を研究する上で非常に興味深い問題である。 


図1

植物細胞の分化は、おもに「位置情報」にもとづいて決定される。つまり、その細胞が何に由来するかではなく、今、どのような位置にいるかが分化を決定する。これは、植物の細胞が常に周りの細胞と緊密にコミュニケーションをとっていることを示唆している。植物の細胞間コミュニケーションの大部分は、動物細胞と同様に分泌性のシグナル分子と特異的受容体が担っていると考えられる。しかし、植物の細胞どうしは原形質連絡(プラスモデスマタ)という細いトンネルでつながっているため、細胞膜に遮られることなく、シグナル分子を直接やりとりすることができる。
今回の研究成果は、miR165というマイクロRNA分子が根の細胞間を移動し、それによって生じる勾配が、複雑な細胞の配置を決めていることを明らかにした。マイクロRNAは、10年ほど前に線虫で発見されたが、その後、ほとんどの動植物に存在し、細胞の機能発現や分化に重要な役割を果たしていることが明らかになっている。マイクロRNAは、メッセンジャーRNA (mRNA)と同様にゲノムDNAから転写されて作られるが、mRNAとは異なりタンパク質をコードしない。マイクロRNAの機能は植物と動物で若干異なっており、植物では特定の標的mRNAを分解することで遺伝子発現の転写後抑制に働く(図2)。 


図2

miR165は、HD-ZIP IIIと呼ばれる植物特有の転写因子ファミリーのmRNAを分解するが、中でもファブロサ(PHB)という転写因子の抑制が根の細胞分化に重要である。 miR165で分解されない変異型PHBは根の全細胞層で発現し、多くの細胞層の分化に異常が見られる(図3C)。これに対し、miR165で分解される 野生型PHBは、根の中心部で強く、外側で弱くなる勾配をもって発現している。(図3B)。


図3

一方、miR165は根の内皮細胞だけで作られている(図3A)。miR165が内皮だけで働くと仮定すると、野生型PHBの発現パターンを説明できない。もし内皮で作られたmiR165が内側と外側の細胞層に拡散すると考えるとPHBの発現パターンをうまく説明できる。実際、上記の変異型PHB mRNAを分解できるように変異させたmiR165を内皮で発現させると、野生型のPHBと同様の根の中心部で強く外側で弱い発現パターンが回復した(図3D)。また、内皮でのmiRNAの発現量を変化させると、その量に応じてPHBの発現領域の幅が変化した(図4)。このことは、やはりmiR165が内皮から拡散して勾配を作り、それによってPHBの発現に逆向きの勾配を作り出していることを意味する。また、PHBの発現領域の幅が広くなると、本来、根の中心に出来るはずの導管細胞が、より外側の位置に出来てしまうことも分かった。 


図4

これまで、マイクロRNAは、それが作られた細胞でその細胞のmRNAの分解に働くと考えられてきた。この場合、マイクロRNAの存在意義に疑問が残る。つまり、なぜ遺伝子の転写レベルでmRNAの量を調節せずに、せっかく作ったmRNAをマイクロRNAで減らす(あるいは無くす)必要があるのかよく分からない。今回の研究成果は、マイクロRNAを使ってmRNAの量を調節することに、生物学的に重要な意味があることを明らかにした。植物には数十種類のマイクロRNAが存在することが知られており、他にも細胞間を移動する重要なマイクロRNAが存在する可能性は十分に高い。

(2011年05月24日掲載)

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