研究内容 宗景 ゆり
光合成反応の最適化メカニズム
宗景 ゆり (バイオサイエンス博士 奈良先端科学技術大学・助教)
地表に届く太陽光は、いつも一定ではなく、雨や曇りの日には弱く、晴れの日には非常に強くなります。植物は、太陽光をエネルギーとして利用し光合成を行いますが、光が強すぎると活性酸素が発生し、植物は逆に傷害を受けてしまいます。私たちは、植物が変動する光環境の中で、光合成反応を最適化するためのメカニズムを研究しています。
光エネルギーを化学エネルギーへ変換する
光エネルギーは、葉緑体のチラコイド膜上にある光化学系IIと光化学系Iで吸収されます。二つの光化学系のあいだでは、プラストキノンやシトクロムb6f複合体、プラストシアニンが電子伝達媒体として働き、光化学系IIで水から引き抜かれた電子を光化学系Iへ伝達します(図1)。光化学系Iでは電子は最終的にNADP+を還元し、NADPHが生産されます。また、シトクロムb6f複合体では電子が伝達される際に、プラストキノンの酸化還元を介して、プロトン(H+)がチラコイド膜の外側から内側へ運ばれます。水の分解とシトクロムb6f複合体によるプロトン輸送により、チラコイド膜の外側と内側にはプロトン勾配(ΔpH)ができます。このプロトン勾配を使ってATP合成酵素がATPを生産します。このようにしてできた化学エネルギーであるNADPHやATPは、CO2固定反応をはじめ、葉緑体の様々な代謝反応に使われます。
光化学系I循環的電子伝達の解明
電子を水から引き抜いてNADPHを生産する電子伝達は、直線的電子伝達経路と呼ばれています。この他に、光化学系Iを通った電子を再び電子伝達系にもどす光化学系I循環的電子伝達経路があることが報告されていました(図1)。この経路ではNADPHは蓄積せず、電子がシトクロムb6f複合体を通過することで、プロトン勾配のみが形成されます。この光化学系I循環的電子伝達にはNDH (NAD(P)H dehydrogenase) 依存の経路と、FQR (ferredoxin plastoquinone redctase) 依存の経路の二つがあることが知られていましたが、それらが本当に機能しているかどうか、またどのような役割を担っているのか、長い間解明されていませんでした。近年シロイヌナズナを使った研究により、これらの電子伝達は、光傷害を防いだり、ATP/NADPH生成量を調節するなど、光合成の最適化に重要な経路であることが明らかになりました (Munekage et al., 2002; 2004; 2008)。私たちは、FQR経路の分子機構の全容と生理機能を明らかにするための研究を行っています。
柵状組織を発達させる光馴化シグナルの解明
効率よく光を吸収して光合成を行うために、植物は光強度に応じて葉の厚さや構造を変化させます。強光に馴化した植物の葉は厚く、縦に長く伸びた柵状組織が発達しますが、逆に弱光に馴化した葉は薄く柵状組織の発達がみられません(図3)。強光を感知して柵状組織を発達させるシグナルは、光を受けた葉だけでなく、新しく形成される葉へ伝えられます(図4)。私たちは、このような光を感受する細胞から遠く離れた細胞へ伝わる、長距離シグナルについて調べています。
引用文献
Munekage N.Y., Genty B., Peltier G. (2008) Effect of PGR5 impairment on photosynthesis and growth in Arabidopsis thaliana. Plant Cell Physiol. 49, 1688-98.
Munekage Y, Hashimoto M, Miyake C, Tomizawa K, Endo T, Tasaka M, Shikanai T. (2004) Cyclic electron flow around photosystem I is essential for photosynthesis. Nature. 429, 579-82.
Munekage Y, Hojo M, Meurer J, Endo T, Tasaka M, Shikanai T. (2002) PGR5 is involved in cyclic electron flow around photosystem I and is essential for photoprotection in Arabidopsis. Cell. 110, 361-71.