research
研究内容

研究・教育の概要

生命現象には様々な蛋白質・RNA・DNAなどの高分子が関わっています。これらが織りなすダイナミックな構造変化に起因する分子メカニズムを原子レベルで明らかとすべく、新たな研究手法を組み合わせた構造生物学的解析による基盤研究を行なっています。当研究室では、研究に没頭できる環境を提供し、質の高い成果を発表できるよう指導を行ないます。研究活動では、実験の計画段階から発表に至るまで様々な能力が必要とされます。大学院生には研究活動をとおして、これらの能力を鍛えることで自己を高め、社会の一員として活躍してくれることを期待しています。

研究の流れ

研究の流れ図解

はじめに蛋白質の構造を原子レベル、分子レベルで明らかとします。 詳細な構造を得ることができれば、一気に視界がひらけ、解析対象の蛋白質がどのように機能しているかについて多くの情報を得ることができます。
このことが構造の詳細を知ることの最大の利点です。 次に、構造情報から考えられる作業仮説を、機能解析などを行うことで検証していきます。
最近は、1分子動態解析や生体内動態解析などの手法も組み入れて蛋白質が生きて働く姿を可視化しようとしています。 研究内容は、基盤的な内容を多く含み、一言でいえば「教科書に掲載されるような研究」を進めています。
薬剤の標的因子を含むさまざまな蛋白質の研究を進めていますが、特に輸送蛋白質やモーター蛋白質を研究対象としています。

研究内容

研究内容は、基盤的な内容を多く含み、一言でいえば「教科書に掲載されるような研究」を進めています。 薬剤の標的因子を含むさまざまな蛋白質の研究を進めていますが、特に輸送蛋白質やモーター蛋白質を研究対象としています。

研究解説

SecDFの新規構造解析

細胞膜を越えるたんぱく質輸送の新たな機構を解明
~通り道を塞ぐキャップを開閉して制御 細胞内における基本的な生命現象の理解へ~

Furukawa A, Yoshikaie K, Mori T, Mori H, Morimoto VY, Sugano Y, Iwaki S, Minamino T, Sugita Y, Tanaka Y, *sukazaki T. tunnel formation inferred from the I-form structures of the proton-driven protein secretion motor SecDF cell rep. 19, 895-901 (2017).

ポイント
  • 細胞膜を越えてタンパク質を輸送するモーター分子「SecDF」の立体構造を高い解像度で決定。
  • 膜透過するタンパク質と相互作用する部位や、水素イオンの通り道を解明。
  • 膜を越えたタンパク質輸送機構の構造基盤は、新規抗生物質開発にも有用。
概要

すべての生物は細胞膜によって外界と隔離された細胞システムを持っています。また、細胞膜を通して細胞内で合成されたタンパク質を細胞外に輸送することも、生命の維持にとって不可欠な現象です。バクテリア(細菌)では、細胞膜に存在する分子モータータンパク質「SecDF」という輸送役のタンパク質が、水素イオンの濃度の変化による濃度勾配から得られるエネルギーを利用して、合成したタンパク質を細胞外へと牽引すると考えられています。しかし、膜透過するタンパク質に働きかける部位や水素イオンの通り道など、SecDFの詳細は不明のままでした。私たちは,SecDFの立体構造をこれまでにない高い分解能(2.6-2.8Å分解能)で決定することに成功しました。また,生化学的な実験やコンピュータを用いて分子の挙動を推測する分子動力学計算を進めました。その結果、膜透過するタンパク質とSecDFの結合部位を同定、水素イオンが通過しうる細胞膜内の道を見出しました。
さらなる解析によって、水素イオンの濃度勾配を利用してSecDFの全ドメインがダイナミックな構造変化をおこすことが考えられました。SecDFが駆動するタンパク質の膜透過の新しい分子メカニズムを提唱しました。本研究は、膜を超えたタンパク質の輸送メカニズムという生命に必須の現象を解明し生命科学の発展に寄与するとともに、バクテリアに特有のタンパク質であるSecDFを標的とした新規抗生物質の開発の構造基盤となります。

解説
(1) 研究背景

すべての細胞は、細胞膜によって外界と隔てられています。生命を維持するためには、細胞膜を介した適切な物質の輸送が必要です。生命にとって重要な物質の種々のタンパク質は、細胞質でリボソームによって合成されます。このタンパク質の約30%は、細胞膜を越えて外界へと輸送され機能します。これらのタンパク質は、すべての生物に保存された「Secトランスロコン(バクテリアではSecYEG複合体)」というトンネルを通って細胞外へと輸送されます(図1)。Secトランスロコンは受動的なトンネルであり、タンパク質の輸送には他のタンパク質を必要とします。バクテリアでは、2つのモータータンパク質SecAとSecDFが、この過程を駆動します。SecDFはバクテリアに特有の膜タンパク質で膜貫通ドメイン(領域)と細胞外ドメインからなります。SecDFは膜貫通ドメインを介した水素イオンの細胞内への流入に伴い、「F型」、「I型」といわれる2つの構造を繰り返しとることにより、SecYEGから出てきたタンパク質を捕まえ細胞外へと牽引するとされています。しかし、これまでに報告されているSecDFの全長構造はF型のみであり、さらなる詳細な議論を行うために高い解像度でのI型の情報が必要でした。

図1 バクテリアタンパク質の膜透過

図1 バクテリアタンパク質の膜透過。

細胞内でリボソームにより合成された前駆体タンパク質は、タンパク質を押し出すモーターであるSecAにより細胞膜に存在するSecYEG内へと移動し、SecDFに牽引されて細胞外へ輸送され、成熟タンパク質となります。

(2) 研究内容

今回、本研究グループは、細菌Deinococcus radiodurans由来のSecDFのI型の結晶構造を高い分解能(2.6-2.8 Å分解能、1オングストロームは100億分の1㍍)で決定することに成功しました。SecDFを測定試料とするための結晶化は、脂質キュービック相(LCP)法という方法で行い、大型放射光施設SPring-8 BL32XU(ビームライン)においてX線回折データを収集しました。
今回決定したSecDFのI型構造には、2つの特筆すべき特徴がみられました(図2)。1つめの特徴として、SecDFの細胞外ドメインの1つである「P1ドメイン」のくぼみにタンパク質の一部を模した小分子が結合していたことです。そこで、細胞外へと輸送されるタンパク質とSecDFの相互作用部位を生化学的な実験により確認したところ、このくぼみで特異的な相互作用が認められました。これらの結果から、このくぼみが輸送タンパク質の結合部位であることが予測されます。

図2 I型SecDFの構造のリボンモデル図

図2 I型SecDFの構造のリボンモデル図(左)。

細胞外のP1ドメインをオレンジ,P1ドメインのくぼみに結合した小分子を青、細胞膜を貫通するトンネルを黒で表示しました。また、トンネル内部に存在するSecDFの活性に重要なアスパラギン酸を赤で示しました。SecDF表面モデルを左図の点線部分で切り、細胞外側から見た断面図(右)。中央にトンネルが存在しているのがわかります。

2つめの特徴として、SecDFの膜貫通領域ドメインに細胞内側から細胞外側まで貫通したトンネル構造が認められたことです。このトンネルの中心には、SecDFの機能(水素イオン透過とタンパク質輸送活性)に必須のアスパラギン酸が存在していたため、この領域が水素イオンの通り道であることが推測されます。コンピュータを用いたSecDFの分子動力学計算を行ったところ、このアスパラギン酸の水素イオンの結合状態の変化によりトンネルの開閉が起こること、トンネル内に水分子が入り込み水素結合を介して細胞質から細胞外まで一列に並ぶことが観察されました。こうしたことから、このトンネルを通って水素イオンが細胞外から細胞質へと流入すること考えられます。また、P1ドメインは可動性に富む領域ですが、この領域を固定したSecDFは水素イオンの流入とタンパク質の膜透過活性が阻害されたため、P1ドメインの動きと水素イオンとの関連性が示されました。
これら結果と過去の知見を組み合わせることで、「SecDFはF型の状態でP1ドメインのくぼみで輸送タンパク質と結合し、I型へと移行することで輸送タンパク質を細胞外へと牽引する。この構造変化は、膜貫通ドメインに形成されるトンネルに入り込んだ水分子を介した水素イオンの流入に伴い生じるエネルギーにより駆動される。このサイクルを繰り返すことによりタンパク質の輸送が達成される」という新規モデルを提唱しました(図3)。

図3 SecDFによるタンパク質牽引モデル

図3 SecDFによるタンパク質牽引モデル。

細胞内で合成されたタンパク質は膜へと運ばれ、SecYEGを通り細胞外へと輸送されます。その後、SecDFがF型の状態でP1ドメインのくぼみで輸送タンパク質と結合し、I型へと移行することで輸送タンパク質を細胞外へと牽引します。この構造変化は、膜貫通ドメインに形成されるトンネルに入り込んだ水分子を介した水素イオンの流入に伴い生じるエネルギーにより駆動されます。このサイクルを繰り返すことによりタンパク質の輸送が達成されます。トンネルの開閉は、アスパラギン酸(図中のD)の水素イオンの結合状態の変化(−電荷のとき開状態)により起こると考えられます。

SecYEGの高分解能構造機能解析

細胞膜を越えるたんぱく質輸送の新たな機構を解明
~通り道を塞ぐキャップを開閉して制御 細胞内における基本的な生命現象の理解へ~

Tanaka Y, Sugano Y, Takemoto M, Mori T, Furukawa A, Kusakizako T, Kumazaki K, Kashima A, Ishitani R, Sugita Y, *Nureki O and *Tsukazaki T crystal structures of SecYEG in lipidic cubic phase elucidate a precise resting and a peptide-bound state cell rep. 13,1561-1568(2015)[naistar]

ポイント
  • 全生物に物に必須の「たんぱく質膜透過チャネル」の構造を、これまでで最も高い解像度で解析。
  • たんぱく質膜透過チャネルには機能的に開閉する「キャップ」があるという新しいモデルを提唱。
  • 細胞膜を越えたたんぱく質の輸送を理解する基礎研究の発展に貢献。
概要

すべての生物において基本的な生命の営みの一つに「細胞質で合成されたたんぱく質が細胞膜を越えて異なる場所へ移動する」という現象があります。これはたんぱく質が実際に働く場所へと輸送されるために必要な機能です。そのたんぱく質の通り道として、生体膜には「たんぱく質膜透過チャネル(Secトランスロコン)」とよばれる装置が存在します。これまでにいくつかのSecトランスロコンが構造解析され、たんぱく質の透過機構の様々なモデルが提唱されているものの、詳細に議論するには情報が不足しており、より高い分解能でのSecトランスロコンの解析が待たれていました。
私たちは、たんぱく質が生体膜を透過するための通り道となる膜たんぱく質複合体SecYEG(細菌型Secトランスロコン)の高分解能(2.7Å分解能)の構造解析を世界で初めて達成しました。この構造情報に基づき研究を進めた結果、たんぱく質が透過していない状態(閉状態)のチャネル(透過孔)は、複合体を形成する膜たんぱく質(SecG)の一部によって「キャップ(蓋)」がされており、たんぱく質が透過する時(膜透過状態)に、その蓋が外れるという機構が存在することを初めて明らかにしました。この高分解能構造は、たんぱく質の膜透過という基本的な生命現象の解明において最も信頼できるSecトランスロコンの構造基盤となります。

研究内容
研究の背景

生物の細胞には、生体膜という仕切りによって、いくつかの異なる空間が保持されています。生命活動には、それらの膜を介した適切な物質の輸送や情報の伝達が必要です。細胞質では多種多様なたんぱく質が、リボソームにより合成されます。新規に合成されたたんぱく質は機能する形へと折りたたまれるとともに、適切な場所に運ばれてその役目を果たします。そのためには多くのたんぱく質が生体膜を透過(たんぱく質の膜透過)しなければならず、その透過孔となるのがSecトランスロコン(細菌ではSecYEG、ヒトではSec61αγβ)とよばれる膜たんぱく質複合体です(図1左)。どのようにして、たんぱく質という大きな分子を、膜の透過障壁能(分子やイオンなどを無制限に通さないしくみ)を保ったままで透過させているのかについては、当該分野での重要課題の一つです。これまでにいくつかのSecトランスロコン構造が報告され、たんぱく質膜透過機構のモデルが提唱されてきました。しかし、さらなる詳細な議論をするためには、これまで以上の解像度でSecトランスロコン構造を決定することが必要とされていました。

図1 たんぱく質の膜透過

図1 たんぱく質の膜透過(左図)。

たんぱく質がSecトランスロコンを通り細胞外へ輸送される様子を示しています。SecYEGの2.7 Å分解能のリボンモデル図(右図)。SecYを緑色、SecEを赤色、SecGを青色、キャップ(蓋)を橙色、プラグ(栓)を紫色で表示しています。Secトランスロコンのプラグと「キャップ」となる領域を強調して示しています。SecGはSecYの側面に位置しており、SecGのループ(キャップ部分)はSecYの透過孔を塞いでいるように位置しています。

研究の詳細

今回、本研究グループは、高度好熱菌サーマス・サーモフィルス(Thermus thermophilus)由来のSecYEG複合体の結晶構造をこれまで達成されていない高い分解能(2.7 Å分解能、1オングストロームは100億分の1㍍)で決定することに成功しました。SecYEGを測定試料とするための結晶化は、脂質キュービック相(LCP)法で行ない、大型放射光施設SPring-8 BL32XU(ビームライン)においてX線回折データを収集しました。

これまでのSecYEGの複合体の結晶構造は4.5 Å分解能が最高で、今回得られた構造の分解能は2.7 Å分解能と約2 Å程度分解能が向上し、より詳細な議論を可能とします。特筆すべきことは、これまで不鮮明であったループ(たんぱく質複合体中で領域を連結する部分)などの構造も明確に認識できたため、SecYEGを構成するほぼすべてのアミノ酸残基の位置を正確に配置した構造モデルを得ることができたことです(図1右)。その中でも、SecGのループについて新しい知見が得られました。今回の構造解析から、SecGのループが、SecYにより形成されているたんぱく質の透過孔を塞ぐように位置していることが判明しました。そこで、SecGのループをSecYの細胞内側の表面に固定した変異体を作製したところ、たんぱく質の膜透過が阻害され、その後固定を外すとたんぱく質の膜透過が正常にもどりました。

このような機能解析や、過去の構造との比較、分子の挙動を計算して出すMDシミュレーションの結果から、閉状態のSecYEGでは、たんぱく質の自発的な透過を防止するためにSecGのループが透過孔に「キャップ」をし、膜透過状態ではその「キャップ」を透過孔の上から退けることで、たんぱく質の膜透過を調節していることを明らかにしました。

また、図1、2中で紫色に表示されているプラグとよばれる部位が細胞外側から蓋をしているという過去の知見と組み合わせて、透過孔は細胞膜の両側から閉ざされ、たんぱく質の輸送に応じて開くという新たなモデルを提唱しました(図2)。さらに、原著論文では別状態のSecYEGの結晶構造も紹介しており、SecYEGと膜透過基質たんぱく質との相互作用や、たんぱく質の膜透過におけるSecYEGの初期の構造変化にもふれています。

図2 SecYの断面図を表示し、たんぱく質の膜透過経路を見やすくしたたんぱく質膜透過のモデル

図2 SecYの断面図を表示し、たんぱく質の膜透過経路を見やすくしたたんぱく質膜透過のモデル。

SecYEGの閉状態では、細胞内外から「キャップ」とプラグによって閉ざされています。膜透過状態へ移行する時に、プラグとキャップが透過孔を開くように動き(図中矢印)、たんぱく質の膜透過を可能にするというモデルです。

研究の位置付け

本研究は、構造解析が待ち望まれていたSecY、SecE、SecGすべての構成要素を含む完全なSecトランスロコンの高分解能の報告です。Secトランスロコンは単独では十分機能せず、たんぱく質の膜透過には共同して働く他の因子が多くあります。近年リボソームとSecトランスロコンとの複合体の電子顕微鏡による解析が多く進められています。これらの解析から得られる画像の解析に、本構造は極めて有用です。今回の報告は、細胞がどのようにかたち造られるのかの本質的なしくみにせまるもので、生命活動に必須であるたんぱく質輸送の基礎研究の発展に大きく貢献するものです。今後、Secトランスロコンの構造・機能解析及び動態観察に至るまで幅広く利用されることが期待されます。

YidCの構造機能解析

タンパク質を細胞膜に組み込むメカニズムを解明
-バクテリアから人まで共通した基本的な生命現象の理解-

Kumazaki K, Chiba S, Takemoto M, Furukawa A, Nishiyama K, Sugano Y, Mori T, Dohmae N, Hirata K, Nakada-Nakura Y, Maturana AD, Tanaka Y, Mori H, Sugita Y, Arisaka F, Ito K, Ishitani R, *Tsukazaki T and *Nureki O. structural basis of sec-independent membrane protein insertion by YidC. nature 509,5120(2014).[naistar]

ポイント
  • タンパク質を細胞膜に組み込む「膜組み込みタンパク質YidC」の立体構造を世界で初めて決定しました。
  • バクテリアから人まで共通している、タンパク質が生体膜に組み込まれる分子メカニズムを詳細に解明しました。
  • 本研究の成果は生命科学研究の発展に貢献するとともに、新規薬剤を開発するための基盤となりえます。
概要

すべての生物は、細胞膜で囲まれた細胞を生命の基本単位としており、細胞膜の働きについて理解を深めることは、バクテリアから人まで共通した基本的な生命現象を理解する上では、欠かせません。細胞膜には、タンパク質を細胞膜に組み込む働きを担っている「膜組み込みタンパク質YidC」が存在し、このタンパク質は生命の維持に不可欠な因子です。しかし、これまでの研究においてYidCの立体構造は決定されておらず、YidCによってタンパク質が細胞膜に組み込まれる分子メカニズムは謎でした。
私たちは、世界で初めてYidCの立体構造を決定しました。そして、この詳細な構造情報に基づき研究を進めた結果、YidCは、疎水的な(水と混ざりにくい)生体膜に親水的な(水と混ざりやすい)凹みを形成するという、予想外のユニークな構造体を形成することを発見しました。さらに、細胞膜へと組み込まれるタンパク質がYidCの親水的な溝に結合することを確かめ、YidCによってタンパク質が細胞膜に組み込まれる分子メカニズムの新しいモデルを提唱しました。
本研究は、バクテリアから人まで共通した基本的な生命現象の一つを解明し、生命科学分野の研究の発展に大きく貢献するとともに、YidCが細菌の生育に必須なタンパク質であることから、病原菌のYidCを標的とする新規の抗生物質などの薬剤開発の基盤となることが期待されます。

研究内容
研究の背景

生物の細胞には、生体膜という仕切りによって、いくつかの異なる空間が保持されています。生命活動には、それらの膜を介した適切な物質の輸送や情報の伝達が必要です。細胞質では多種多様なたんぱく質が、リボソームにより合成されます。新規に合成されたたんぱく質は機能する形へと折りたたまれるとともに、適切な場所に運ばれてその役目を果たします。そのためには多くのたんぱく質が生体膜を透過(たんぱく質の膜透過)しなければならず、その透過孔となるのがSecトランスロコン(細菌ではSecYEG、ヒトではSec61αγβ)とよばれる膜たんぱく質複合体です(図1左)。どのようにして、たんぱく質という大きな分子を、膜の透過障壁能(分子やイオンなどを無制限に通さないしくみ)を保ったままで透過させているのかについては、当該分野での重要課題の一つです。これまでにいくつかのSecトランスロコン構造が報告され、たんぱく質膜透過機構のモデルが提唱されてきました。しかし、さらなる詳細な議論をするためには、これまで以上の解像度でSecトランスロコン構造を決定することが必要とされていました。

図1 YidCの詳細構造

図1 YidCの詳細構造。

YidCの構造をリボンモデルで表示しました。 細胞膜を貫通する5本のアルファヘリックス(リボン状に表示)で主要な部分が構成されているタンパク質で、そのほとんどが細胞膜に埋もれています。 YidCの活性に重要なアルギニン残基を図中に示しました。

図2 YidCの分子表面表示

図2 YidCの分子表面表示。

YidCの分子表面を図示したモデルで、プラスの電荷を青、マイナスの電荷を赤で示しています。 この図では見やすくなるようYidCを割ったかたちで表示しています。 YidCにはプラスの電荷をおびた親水的な溝が存在していることが分かります。

研究の詳細

今回、本研究グループは、細菌Bacillus halodurans 由来のYidCの結晶構造を決定(注2)することに成功しました。YidCの結晶化は、脂質キュービック相(LCP)法(注3)で行い、大型放射光施設SPring-8(注4)BL32XU(ビームライン)においてX線回折データを収集しました。その結果、2.4 Å(オングストローム、0.1ナノメートル)という高分解能でYidCの構造を解明することに成功しました(図1)。YidCの構造をみてみると、内部に大きな溝を持っていることが分かりました。その溝は多くの親水的なアミノ酸によって構成されており、プラスの電荷を帯びていました(図2)。YidCの「親水的な溝」が、疎水的である細胞膜の中に存在していることは、これまでの研究からは全く予測されていなかった新規の発見でした。このYidCの構造情報に基づいて進めたin vivo クロスリンク実験(注5)や枯草菌を用いた遺伝学的解析(注6)によって、YidCは「親水的な溝」で細胞膜に組み込まれる膜タンパク質(基質タンパク質)と相互作用することが判明しました。この溝を構成する親水的なアミノ酸のうち、溝の中心に位置するプラスの電荷を持ったアルギニン残基(72番目のアミノ酸残基)は生物間で広く保存されており、YidCの働きに極めて重要であることを見出しました。これらの結果と過去の知見を組み合わせることで、「YidCが基質タンパク質のうち、細胞膜に組み込まれた後に細胞外に突出する領域と親水的な溝で相互作用することで、この細胞外に突出する領域を細胞膜の内部に引き込み膜タンパク質を生体膜へと組み込む」という新規の分子メカニズムを提唱し(図3)、タンパク質が細胞膜に組み込まれる生命現象の解明に大きな進展が見られました。

図3 YidCによるタンパク質膜組み込みモデル

図3 YidCによるタンパク質膜組み込みモデル。

まずマイナスの電荷をおびた基質タンパク質の細胞外領域と、プラスの電荷をおびたYidCの親水的な溝が相互作用します。 その後、疎水的な相互作用や、膜電位(膜を隔てた電位差)による静電気的な引力などによって膜組み込みが促進されます。 最終的に、基質タンパク質はYidCから離れ、細胞膜への組み込みが完了します。

研究の意義と今後の展開

本研究は、バクテリアから人まで共通した生命現象の一つである「YidCによるタンパク質膜組み込み過程」の詳細を構造生物学的なアプローチによってはじめて解明したものです。この成果は、生体内のタンパク質の成り立ちやタンパク質輸送の基礎研究の発展に大きく貢献するものです。また、YidCが細菌の生育に必須なタンパク質であることから、応用研究として病原菌のYidCを標的とした新規の抗生物質の開発等の基盤情報として利用されることが期待されます。

用語解説
(注1) リボソーム

遺伝子の情報に基づいて、生体内でタンパク質を合成する装置である。その重要性から古くから研究がなされ、2009年には「リボソームの機能と構造解析」にノーベル化学賞が授与されている。

(注2) 結晶構造を決定

本研究ではX線結晶構造解析法を用い、タンパク質の立体構造を明らかとした。X線結晶構造解析では、目的物質の結晶にX線を照射し、反射データ収集し、解析することにより構造決定を行う。

(注3) 脂質キュービック相(LCP)法

タンパク質を脂質二重層に再構成させた状態で結晶化させる方法で、近年、膜タンパク質の結晶構造決定の例が多く報告されている。

(注4) SPring-8

兵庫県佐用町に位置する世界最大級の大型放射光施設。強いX線を用いた実験が可能である。

(注5) in vivo クロスリンク実験

生体内でタンパク質を架橋させることでタンパク質間の相互作用を検出する方法の一つ。本研究では細胞膜に組み込まれるタンパク質と相互作用するYidCの部位を同定した。

(注6) 枯草菌を用いた遺伝学的解析

本研究では枯草菌染色体のyidC遺伝子を改変することで、YidCの活性を菌体の色で判別できるようにした枯草菌を作製した。この枯草菌を用いることにより、YidCを構成するアミノ酸残基の一部を改変させたYidCの活性を系統的に調べた。

この文章は熊崎,千葉,石谷,塚崎,濡木が行なったプレスリリースを本サイト用に一部改変したものです。