発酵食品は、現代の研究で行われるような無菌操作が可能になるよりもはるか昔から行われてきました。多くの発酵食品は植物を原材料としており、その表面には様々な植物常在菌が住みついています。例えば通説では、ワインの原料であるブドウの果皮にアルコール発酵を行うことのできるワイン酵母が存在するとされ、ブドウを搾汁する過程でワイン酵母が果汁中に移行し、自発的にアルコール発酵が開始されると信じられてきました。植物常在菌はワインをはじめとする発酵食品の起源においてどのような役割を果たしたのでしょうか。
独自にブドウの果皮に存在する微生物を解析した結果、ワイン酵母を検出することはできませんでした。一方、ブドウ表面から単離された植物常在菌Aureobasidium pullulansは、植物の表面を覆っているクチクラ層という脂質ポリマーを分解し、その分解産物であるω-ヒドロキシ脂肪酸という成分を利用して生育する能力を持つことを明らかにしました(図1)。ワイン酵母はこのような能力を持たないため、ブドウの表面で生き延びることは難しいのではないかと考えられます。このA. pullulansとワイン酵母を共培養したところ、ブドウ果実のアルコール発酵に協調的に作用することが見出されました(図2)。本来ブドウ表面では生育しづらいワイン酵母が、植物常在菌の力を借りてアルコール発酵を開始することがわかったのです。発酵食品がどのように生まれたのかを推察する上で有用な興味深い知見を得ることができました。
最近私たちは、酵母と同じように発酵食品に広く用いられる麹菌がω-ヒドロキシ脂肪酸を利用して生育することを新たに見出しており、麹菌が元々植物常在菌だった可能性も考えられます。近代よりも昔の麹造りでは、蒸した穀物に稲わらなどを被せ自然に麹菌を生やしていたという記録もあります。人類の歴史において発酵食品が生み出された時に、微生物がどんなふるまいや相互作用を示していたのか、私たちと一緒に解き明かしてみませんか?
【このテーマに関連する代表的な論文】
- D. Watanabe, W. Hashimoto*; Adaptation of yeast Saccharomyces cerevisiae to grape-skin environment; Sci. Rep. 13: 9279 (2023)
- H. Sugiura, A. Nagase, S. Oiki, B. Mikami, D. Watanabe, and W. Hashimoto*; Bacterial inducible expression of plant cell wall-binding protein YesO through conflict between Glycine max and saprophytic Bacillus subtilis; Sci. Rep. 10(1): 18691 (2020)
【このテーマに関連する代表的なプレスリリース】
- 「ワインの誕生に迫る ブドウ果肉までの酵母の道のり 京都大が謎解き」 朝日新聞; 2023年7月7日
https://digital.asahi.com/articles/ASR765JDYR75PLBJ007.html?fbclid=IwAR1a-SnCfW8z79Lu9G8GEqlzzzEXAhZ-YMd4nbJFlgmxTkuz9y4WJPz3T1c - 「ワインの天然醸造 ブドウの表面にある菌が大きな役割」 NHK; 2023年6月20日
https://www3.nhk.or.jp/lnews/nara/20230620/2050013838.html?fbclid=IwAR14I6x4B2ct_NhmU2_wN64fZHGbwgo9m-CjLuTEoeWRbhxHPnSX9k5xtbE