酵母のアルコール発酵とは、先史時代より酒類、発酵食品、バイオエタノールなどの製造に用いられ、人類にとって最も馴染み深い微生物代謝機能の一つです。長年にわたる研究の蓄積を経て、各代謝反応を触媒する酵素やそれらをコードする遺伝子も全て解明されています。合成生物学が盛んな現代では、有用物質生産能力を向上させていくバイオものづくり技術は普遍的な方法論となりつつあります。このため、酵母のアルコール発酵についても自由に改変できると思われがちなのですが、実際には驚くほど困難であり実現のめどが立っていないのが現状です。発酵・醸造産業ではいまだに、温度や栄養源の管理により酵母の生死のみをコントロールする昔ながらの技術が用いられており、細胞あたりのアルコール発酵能力をいかに改変すべきかが課題となってきました。
私たちは、我が国が誇る微生物資源である清酒酵母の高いアルコール発酵能力に着目しました。清酒酵母のオミクス解析の結果、世界中の様々な酵母の中で清酒酵母だけがもつ変異が見出され、この変異をアルコール発酵能力の低い実験室酵母に導入すると、清酒酵母並みの高いアルコール発酵能力を獲得できることがわかりました(図1)。この技術を応用すれば、発酵・醸造産業において用いられている様々な酵母のアルコール発酵力を思い通りに改変することが可能となります。実際に、バイオエタノール酵母やビール酵母のアルコール発酵能力を向上させることに成功していますし(図2)、逆に清酒酵母のアルコール発酵を抑制することで低アルコール清酒に適した酵母の作製も可能となりました。これからも、アルコール発酵の調節メカニズムの鍵を握る遺伝子を明らかにすると共に、その改変によって独自の「アルコール発酵デザイン技術」を確立していきます。
【このテーマに関連する代表的な論文】
- D. Watanabe*, M. Kawashima, N. Yoshioka, Y. Sugimoto, H. Takagi; Rational design of alcoholic fermentation targeting extracellular carbon; NPJ Sci. Food 7(1): 37 (2023)
- D. Watanabe*, T. Kajihara, Y. Sugimoto, K. Takagi, M. Mizuno, Y. Zhou, J. Chen, K. Takeda, H. Tatebe, K. Shiozaki, N. Nakazawa, S. Izawa, T. Akao, H. Shimoi, T. Maeda, and H. Takagi; Nutrient signaling via the TORC1-Greatwall-PP2AB55δ pathway is responsible for the high initial rates of alcoholic fermentation in sake yeast strains of Saccharomyces cerevisiae; Appl. Environ. Microbiol. 85(1): e02083-18 (2019)
- D. Watanabe, Y. Zhou, A. Hirata, Y. Sugimoto, K. Takagi, T. Akao, Y. Ohya, H. Takagi, and H. Shimoi*; Inhibitory role of Greatwall-like protein kinase Rim15p in alcoholic fermentation via upregulating the UDP-glucose synthesis pathway in Saccharomyces cerevisiae; Appl. Environ. Microbiol. 82(1): 340-351 (2016)
- D. Watanabe, Y. Araki, Y. Zhou, N. Maeya, T. Akao, and H. Shimoi*; A loss-of-function mutation in the PAS kinase Rim15p is related to defective quiescence entry and high fermentation rates in Saccharomyces cerevisiae sake yeast strains; Appl. Environ. Microbiol. 78(11): 4008-4016 (2013)
- D. Watanabe, H. Wu, C. Noguchi, Y. Zhou, T. Akao, and H. Shimoi*; Enhancement of the initial rate of ethanol fermentation due to dysfunction of yeast stress response components Msn2p and/or Msn4p; Appl. Environ. Microbiol. 77(3): 934-941 (2011)
【このテーマに関連する代表的な日本語総説】
- 渡辺大輔, 高木博史; 酵母は何を感知してアルコール発酵を調節しているのか?; 生物工学会誌 98: 170-173 (2020)
- 渡辺大輔, 高木博史; お酒をつくる酵母―ゲノムから解き明かす醸造特性のひみつ; 生物の科学 遺伝 71: 206-212 (2017)
- 渡辺大輔, 高木博史; ここまでわかった!きょうかい酵母(清酒用)の高発酵力を生み出すRIM15変異遺伝子; 日本醸造協会誌 111: 638-647 (2016)
- 渡辺大輔; 清酒酵母の高発酵性に関する遺伝学的研究; 生物工学会誌 91: 2-9 (2013)
- 渡辺大輔; なぜ清酒酵母はアルコール発酵力が高いのか?; 化学と生物 50: 723-729 (2012)