幹細胞工学研究室では、発生を理解して幹細胞を制御し、疾患原因の究明や組織再生を目指す研究を行っています。
ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞は、無限の増殖能と体の全てを構成する細胞への分化能を併せ持つ特殊な幹細胞であり、再生医療や創薬などへの応用が期待されています。
一方、幹細胞を利用する、私たち研究者側の視点で考えると、成体のどんな細胞へも分化しうる非常に強力な分化能を持つ多能性幹細胞から、目的細胞のみを作り出すのは、各分化段階を精密にコントロールしながら、長期間、厳密な培養技術でタイミングを計ってステップワイズに分化させる忍耐力と観察眼が必要とされる地道な作業です。
このような忍耐力と観察眼を養うには、関連の最先端の論文をよく読んで、どの方法で培養するとどのような現象が見られるはずなのか、何の遺伝子マーカーで見るべきなのか等、多くの知識と思考パターンを頭の中にセットアップする必要があります。さらに発生期の胎児の組織をよく観察し、どのような細胞ができるはずなのか、実験をやる前から出来る予定の細胞をかなり具体的にイメージできている必要があります。また、ポジコン、ネガコンを常に置き、肉眼で見えないものを見るためのしくみをうまく使いこなすことも重要です。逆にこれらができないと真っ暗闇を懐中電灯もなく歩くようなもので、2-3回失敗して痛い思いをするとすぐに嫌になってしまうことでしょう。誰も眼をつぶった状態では研究はできません。
私たちの研究室では、特に胃や肺などの組織形成のしくみの解明を進めつつ、幹細胞の分化制御方法を開発し、さらに疾患モデルや組織再生への応用を目指した研究を行っています。
このような分化実験には長い培養時間がかかるので、多くの実験は結果が分からないままいくつも並行して実施することが必要となります。そのため毎年新入生には、調製に長期間を費やした貴重なサンプルをキチンと解析するための基本手技を、最初の1-2か月間で徹底的に習得してもらっています。また、これぞというサンプルで着実にデータを出すためには、カッチリした基礎技術と十分な予備実験が必要です。
実際の作業としては、熟練した実験手技で長期間細胞を培養し、得られた実験データを正確に解析し、観察された現象の裏側で起こっていることを論理的に理解し、その解決策を複数考え、その中でベターと思われる複数の方法で実験を繰り返すことになります。
にもかかわらず、実験が予想通りいかないことは日常茶飯事です。しかし、組織形成の教科書である発生学の基本を理解し、失敗してもネットで最先端の論文を調べ尽くして、論理的に結果をとらえて辛抱強く一歩一歩条件検討を持続して前進することが重要です。
なかなか思うようにいかない研究生活を楽しむコツは、僕が思うに理性でアレコレ考えるものではなく、研究に関連するものの中で、心の底から感動し、本能が感じるままにスゴイと思えるものを見つけ、それを目指して研究を戦略ゲームとして楽しむことだと思います。感動が大きくスゴイと思えれば思えるほど、情熱的にやりたいと思えてきます。私の先生である浅島誠先生は「情熱を超えた熱情」と言いましたが、熱情があれば自動的に研究は楽しくて楽しくてしかたがないものになります。
世界の名だたる研究者が、皆さんと同じように本気で悩んで考えて明けても暮れても実験を繰り返し、その先にスゴイ発見をしています。研究の面白さや発生学、組織学の美しさ、分化と組織形成の不思議さには、心躍らせる特別な感動があります。ぜひこの面白さを実感してもらいたいと思います。新たな発見に挑戦する知恵と勇気と忍耐力のある人、熱情を見つけた人の参加をお待ちしています。
幹細胞工学研究室
栗崎 晃