成果報告

論文No.083

食糧安定供給に向けた穀物改良への膜輸送体分子の利用

ジュリアンシュレーダー、エマニュエルデルハイツ、ウォルフフロマー、メアリールーゲリーノット、マリアハリソン、ルイスヘレラ、堀江智明、レオンコーチエン、ラナマン、西澤直子、蔡宜芳、デールサンダース
Nature 497: 60-66 (2013)

Schroeder, J.I., Delhaize, E., Frommer, W.B., Guerinot, M.L., Harrison, M.J., Herrera-Estrella, L., Horie, T., Kochian, L.V., Munn, R., Nishizawa, N.K., Yi-Fang Tsay, Y.-F. and Sanders, D. (2013) Using membrane transporters to improve crops for sustainable food production. Nature 497: 60-66.

 地球環境の悪化が顕在化する中、現在の世界人口は71億人を突破しており、2050年までに少なくとも25パーセント増加すると予想されている。悪化の一途を辿る農業環境において人類社会を支えるための持続可能で安定した食糧生産系の確立が必須である。近年の植物科学の発展により、植物の特殊な膜局在タンパク質が、主要穀類の収量を増加させたり、栄養素含量を増やしたり、塩害や酸性土壌、病原菌を含む主要なストレスへの耐性を向上させる鍵となる事が明らかとなって来た。これらの分子ツールを適切に利用する事によってストレス耐性農作物を作出し、地球上で農耕に利用可能な土地の面積を広げる事ができる可能性がある。これまで蓄積された主な知見と将来の展望を解説する。

Fig. 1

図1 アルミニウム耐性植物の育種。
写真は、酸性土壌(毒性のアルミニウムイオン, Al3+を多く含んでいる)で生育させたオオムギ幼植物。 左の植物は、コムギ由来の膜タンパク質TaALMT1をコードする遺伝子を導入したオオムギで、右は野生型である。図は、根の頂端細胞の細胞膜に局在したTaALMT1がリンゴ酸を分泌し、そのリンゴ酸がAl3+と結合してAl3+毒性から細胞が守られる様子を示している。 現在、この遺伝子をいくつかの農作物に導入し、実際の酸性土壌において農産物収量への影響が検証されている。

Fig. 2

図1 コムギの必須耐塩性機構の模式図。
HKT輸送体は、植物の代表的なNa+透過性膜局在タンパク質である。コムギにおいては、HKT輸送体は根や葉鞘の維管束中、特に導管の周辺細胞の細胞膜に局在し、導管内に過剰に蓄積したNa+を再吸収する事で排除し、結果的に地上部の光合成器官である葉身を塩ストレスから保護する。野生型コムギに存在するHKT型輸送体は、パンやパスタの原料となる栽培種コムギのHKT輸送体に比べ、顕著に高いNa+吸収活性を持つ。実際に、野生型のコムギ由来のHKT輸送体を、栽培種コムギにかけ合わせて導入する事で、耐塩性コムギの育種に成功した。オーストラリアの塩害地において、育種された耐塩種は、改変前の栽培種に比べ25%ほど生産量が増加した。