成果報告
論文No.080
地球温暖化世界で生じる開花フェノロジー変化を開花遺伝子発現量から予測する
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佐竹暁子、川越哲博、佐分利由香里、千葉由佳子、櫻井玄、工藤洋
- Nature Commun. 4:2303, doi: 10.1038/ncomms3303 (2013)
Satake, A., Kawagoe, T., Saburi, Y., Chiba, Y., Sakurai, G. and Kudoh H. (2013) Forecasting flowering phenology under climate warming by modelling regulatory dynamics of flowering-time genes. Nature Commun. 4:2303, doi: 10.1038/ncomms3303
越冬の後、春に開花する植物では、長期間の低温を経験して初めて花芽形成が誘導されます。このことは春化と呼ばれ、春まきと秋まき小麦の違いに代表されるように古くから知られていた現象です。近年、春化の分子メカニズムが解明されたことによって、植物の温度応答の仕組みが分子レベルで次々とわかってきたにも関わらず、自然環境でみられる複雑な温度変化のもとで植物がどのように季節の移り変わりに応答し適切な時期に開花できるのかは、未解明のままでした。
本研究では、春化に依存して開花時期が決まるアブラナ科植物ハクサンハタザオを用いて、室内実験・数理モデル・野外実験という異なるアプローチを統合し、世界で初めて遺伝子発現量に立脚した開花時期予測モデルの開発に成功しました。まず、温度操作実験を行い様々な温度環境下で長期間開花遺伝子の発現量を追跡しました。得られたデータを用いて、開花遺伝子制御の数理モデルを構築しパラメータを推定することで、野外の複雑な変動温度環境のもとでも遺伝子発現量の季節変化を精度良く予測する手法を確立しました。
新しく開発されたモデルは、春化において重要な開花調節遺伝子FLC遺伝子とフロリゲンとして知られるFT遺伝子という、たった二つの遺伝子で構成された非常にシンプルなモデルであるにも関わらず、複雑な自然条件で観察された遺伝子発現量の季節変化と、開花の開始および終了時期を精度良く再現することができました。将来の地球温暖化によって開花時期に生じる変化を予測したところ、開花の開始および終了時期の双方が温暖化とともに早期化することが示されましたが、開花終了時期の前進が開始時期よりも早く進むため、開花期間が温暖化とともに短縮され、最終的には約5℃の温度上昇によって開花すらしなくなることが予測されました。
ブロッコリーや大麦など、我々の身近な作物は類似した開花遺伝子の制御関係を保存しているため、本研究で開発した手法を直接応用することが可能です。このことは、地球温暖化に対して、自然生態系だけでなく、農業生態系がどのように応答するかを予測する技術を提供できることを意味しており、生物多様性の維持や安定した食料生産に貢献するグリーンイノベーションに幅広く役立てることができます。
図1 春化において重要な開花調節遺伝子FLC遺伝子とフロリゲンとして知られるFT遺伝子発現量の季節変化。
温暖化ともにFLC遺伝子の発現量は冬にはより緩やかに減少し春にはより早く上昇します。そのため、FLC遺伝子によって抑制されるFT遺伝子の発現量はより早期に低下し、その結果として開花の終了時期が早期化します。